午前十時を以て一般開催された東園高校の文化祭は、しょっぱなからなかなかの集客ぶりなようで、うちのクラスもすぐに忙しくなった。
わたしは午前中はとにかく接客業に徹して、そのあと午後からは自由時間になる。崎くんも同様らしく、午後からいっしょに回ろうと事前に連絡をもらっていた。
ほんとうは着替えて向かいたかったのに、なんだかんだギリギリまで慌しくてそんな暇すらなかった。しょうがない、メイドのまま向かうことにする。
「杏ちゃーん!」
待ち合わせ場所である二階渡り廊下の窓辺で待機していると、時間ぴったりに崎くんのよく通る声が聞こえた。
わたしは顔を上げて、ぎょっとする。
「杏ちゃん、お待たせ! ……って、杏ちゃん、すっげえかわいい……! えっ、ちょっとまって、写真、写真撮ってもいい?」
「写真はイヤ……。それより崎くんこそ、その格好……」
スマホを構えそうになった崎くんをそれとなく制し、その出で立ちを、上から下までガン見してしまう。
崎くんは、ああ、と思い出したように自身の格好に目を落とした。
「あはは、これ、映画の衣装なんだ。撮影終わってるからほんとは着る必要ないんだけど、なんか宣伝兼ねてるらしくて、着て歩けって言われてて。ほら、ここに映画のタイトルの刺繍入ってんの」
「そ、そうなの……」
東園高の男子の制服とはあきらかに異なる、「一年五組 青春ノ唄 〜愛ト誠〜」という金文字刺繍が背中に大きく入った丈の長い学ラン。その下は派手な赤いTシャツ。そして、ワイルドでアウトローな雰囲気漂うオールバックの髪型。
目の前の崎くんの姿を一言で言うならば、そう、番長である。
わたしは崎くんの顔をコワモテだと思ったことはないのだけど、いかんせん長身な上に体格もいいのでハマりすぎている。とても似合っているけど、それすなわち今の崎くんは、ただの喧嘩上等なヤンキーにしか見えないってことだ。隣に並ぶのを躊躇いそうになる。
しかしわたしは、次の瞬間とんでもないことに気がつく。
「……ん? 崎くん……もしかして、髪切った? ううん、刈った……?」
ただ短い髪をザッとうしろに流しただけかと思ったら、よく見ると首筋らへんが妙にすっきりしている。
「ああ、そうそう。このほうがより迫力が出るってうちのクラスの女子たちが言うんで」
「……言われて、刈り上げちゃったの?」
「いや、やってもらったんだ、これ。なんか美容師志望の女子がいてさ」
なんということだ。わたしはショックのあまり、白目をむきそうになる。
刈り上げが嫌なわけじゃない。崎くんの主体性の欠如ぶりに理解が追いつかず、眩暈を起こしているのだ。
崎くん、なんでクラスの女子たちに言われてワンワン……じゃない、ホイホイ刈り上げちゃうの。というか崎くんって、クラスの女子たちとそんなに和気あいあいとした間柄だったのか。
「……杏ちゃん? あ、ごめんね、やっぱこの格好怖いかな。実はここ来る途中も子どもに泣かれて……」
「……ちがうの……」
わたしの胸中をさっぱり汲み取れず見当違いな気を遣う崎くんに、けれどここでわたしが怒るのもなにか違う気がする。それに、せっかくの文化祭なのに、喧嘩なんかしたくないし。
とりあえず移動しよう、とわたしは崎くんの手をとった。
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