――あ。
お手洗いから戻ると、席の配置が変わっていた。
わたしが最初に座っていた場所には、名前は忘れたけど幹事の男の人がいて、隣に座っているエミさんと楽しそうにしている。仕方なく、わたしは空いていた端の席に座った。
手持ち無沙汰に耐えかねて、目の前のマルゲリータピザの一切れに手を伸ばす。すでに冷めているピザを前歯でかじり、もぐもぐと無言で頬張る。
ほどよく騒がしい空間。それとなく周囲を目配せし、なんとなく居場所がない。これなら家にいたほうがよかったかも。
人生初の合コンは微妙……。帰ったら、お姉ちゃんにメッセージを送ろう。
そんなことを考えていたら、指先についてしまったピザのトマトソース。ちょっと見つめてから、いいや誰も見てないし、とぺろっと舌で舐めとった。
「うまい?」
すぐ近くから聞こえた声にドキッとする。
声のほうへ顔を向けると、右隣に座っている男があきらかにわたしを見ているので驚いた。
この人、いつからこっちを見てたんだろう。
毛先が無造作に跳ねた黒髪に覚えがあった。たしか最初に席について向かい側を見渡したとき、黒髪はこの人だけだったのだ。
かなりくっきりと刻まれた二重の目が印象的だった。だけど、たれ下がった目尻のせいか、少し眠たげに見える。その目がすごくにこにこしながらわたしを見ている。酔っているのかもしれない。
へんに絡まれたらやだな、とわたしは少し恐々としながら、うまいです、とだけ返した。
その人は満足そうに頷いて、徳丸さん、とわたしを呼んだ。
「徳丸さん、今日は数合わせ?」
「まあ……そんな感じです」
「俺もだよ。今日ほんとは見たいドラマあったのに、先輩に脅されて。ひどいよね?」
「はあ」
「聞こえてっぞ、崎!」
斜向かい側から声が飛んできて、それに周りが笑った。
ああそうだ、とわたしは思い出した。
自己紹介のときに「サキ」って名前を聞いた気がする。
「崎透っす」
おぼえてくれた?
そんなふうに崎くんがにこっと笑い、わたしにソーダのような透明な液体が入ったグラスを向けてくる。
「はい、カンパイ」
と陽気に言うので、わたしもジンジャーエールが半分残ったグラスをそちらへ向けた。
コン、と軽い音を立てて、二つのグラスが控えめにぶつかった。
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