目が覚めたときは、もう朝だった。
 まだ熱が残っているようなぼんやりと重たい頭を動かすと、当たり前だけどベッドの横には崎くんの姿はなかった。
 崎くん、どれくらいそばにいてくれたんだろう。ちゃんと帰れたのかな。
 というか、夏祭り然り、わたしはまた崎くんに失態を晒してしまったのか……。

「杏、入るよ」

 昨夜のことを思い返しベッドの上で悶えていたら、部屋のドアがノックされ、お父さんが入ってきた。今日はお休みらしく、部屋着のままだ。

「調子はどうだ? ああ、まだ高いなあ」

 昨夜崎くんがそうしてくれたように、お父さんがわたしの額で熱を測った。午後から近所の診療所に行こう、と言う。

「杏、昨日のことはおぼえてる?」

 何気なくお父さんが訊ねてきて、思わずえっと声が出た。
 嫌な予感、とまではいかないものの、それに近いような予感が胸を突く。そしてそれはおおよそ的中した。

「昨日、杏と同じ学校の男の子が来ててね。彼、熱だした杏のことを家まで送ってくれたんだってな」
「……」
「崎透くんって背の高い男の子」
「……」
「杏のカレシか?」

 特に怒っている様子はなく、いつものお父さんの淡々とのんびりした口調ではあったけれど、親から面と向かって「カレシか?」と聞かれる娘の心境はだいぶ気まずい。
 しかし今さら誤魔化すことなどできないので、観念したようにわたしは頷いた。

「うん……」
「そうか」

 そうか、とだけ言ったお父さんは、なぜだろう、どこか嬉しげであった。
 普段から穏やかな人ではあるとはいえ、男親って通常娘にカレシがいるとわかったら、怒りをあらわにしながら「つれてこい」などと言うものではないのだろうか。ううん、わたしの古典的偏見?
 と、思っていたら。

「今度つれておいで」
「え゛っ」
「ちゃんとお礼も言いたいし」
「……う、うん」
「崎くんに都合のいい日、聞いておいて」
「え゛っ。……わ、わかった」
「まあ、とりあえず今日のところは安静にしてなさいね。あ、お父さんからとお姉ちゃんから届いたクリスマスプレゼント、ここに置いておくから」
「うん、ありがと……」
「おかゆと氷枕もってくるから、寝てなさい」

 お礼……。そりゃそうだ。そういえばタクシー代も出してもらってしまったし、と半ば無理やり自分を納得させる。
 お父さんが部屋を出ていったあと、上半身を起こし、バッグに入れっぱなしにしていたスマホを取り出した。
 崎くんからのメッセージが三件きていた。
 
『俺も、今日は楽しかった。人生最高のクリスマス(イブ)でした!』
『プレゼントほんとにありがとう。具合悪いの気づかなくてごめん』
『お大事にしてください』
 
 声を聞きたいな、と思った。昨日の今日だというのに。
 おかゆを食べて薬を飲んで、熱がすっかり下がったら、崎くんに電話しよう。お父さんが会いたいと言っている件も話さなくては。崎くん、なんて言うかな……。
 とりあえず、「メリークリスマス」のかわいいパンダのスタンプを一つ送信して、わたしは布団に潜り込んだ。眠りにつく間際のキスを、ひそかに思い出しながら。



16.12.24

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