公園を出てすぐ、運良く見つけたタクシーを拾って家に帰ってきた。
 ふと目を開けると、いつのまにか自宅マンションのわたしの部屋だった。タクシーに乗ってからの若干記憶が曖昧だけど、たしか崎くんがわたしのバッグから鍵を出したりしてくれて、ここまで帰ってこれたのはわかる。

「杏ちゃん大丈夫? 部屋ついたよ」
「さきくん、ごめんね……タ、タクシー代……わたしのおさいふから、だして、いいから……」
「そんなの気にしなくていいから」

 言いながら、崎くんがわたしをベッドの上に寝かせてくれた。しかし途中、あ、と声をあげて「着替えないとだよな……」と、少し困った調子で独り言のように呟いた。
 着替え、と思う。ベッドの隅に、今朝脱いでそのままのパジャマがある。
 そ、そうだった、着替えなければ……。よろよろしながらパジャマを手にしたところで、ふらついてベッドから落ちそうになった体を崎くんの手が支えてくれた。

「あんまり見ないようにするから……」

 結局、着替えのほとんどを崎くんに手伝ってもらい、わたしはようやく床についたのだった。
 そういえばメイク落としてないけれど、ファンデーションはつけていないしほぼマスカラだけだし、もういいや、明日で……。
 ベッドのすぐ横に、崎くんが腰を下ろした。まだ帰らないでいてくれることに安堵する。

「杏ちゃんち、お父さんとお姉さんだったっけ……。杏ちゃん、どっちかに連絡とれる? 番号おしえてくれたら俺がかけるから」

 スマホを片手に、崎くんがわたしに訊ねた。
 さっきまでプラネタリウムで寝落ちていたり、わたしがあげたプレゼントに小学生の男の子みたいに喜んでいたのに。今はなんだか、大人みたいな顔をしている。
 そういう顔をされたら甘えたくなってしまう。わたし、カッコ悪くなってしまう……。

「……さきくん」
「うん?」
「今日、すごくたのしかった……プレゼントも、うれしかった……ずっと大事にするから……」
「……うん」
「あのね、わたし、クリスマスって、ほんとはあんまりすきじゃなかったの……。クリスマスが楽しかったような記憶、いままであんまりなかったから……」

 まるで死に際の言葉ようなそれで、わたしはたぶん要らぬことを話してしまっている。
 でも崎くんが、時々相槌を打ちながら黙って聞いてくれるから。それに何か話さなければ、崎くんが帰ってしまうと思ったから。
 
「昔からわたし、騒いだりするのとか苦手で……だから、クラスのクリスマス会に誘われても、いつもなんとなくいたたまれなくて……でも、はやくに家に帰っても、ぜったい誰もいないし……」

 仕事が忙しいお父さんと、明るくて誰からも好かれるような一回りも年の離れたお姉ちゃん。
 大人二人と、一人子どものわたしという構図は、クリスマスのような少しとくべつな日には、それがより浮き彫りになる気がした。
 とはいえ、家に一人でいる間「さみしい」なんて考えたこともなかった。だって夜になれば二人はちゃんと帰ってくる。プレゼントを抱えて。
 「さみしい」だなんて、考えてはいけないことのような気がしていたのだ。ずっと。

 ――わたし、もしかしてさみしかったのだろうか? 

 わからん。熱のせいで頭が回らない。
 けれど、でも、今日は少しもさみしくなんてなかった。それはたしかだ。

「さきくん、来年も、ずっと……ずっといっしょにいてね……」

 崎くんの前だと、わたしはカッコ悪い。
 いつもカッコいいのかと聞かれるとそういうわけではないけれど、なんていうか、ボロが出る。泣き虫な部分も甘ったれた部分もぜんぶ、ぜんぶ出てしまうのだった。
 傍らでじっとしていた体が動いて、狼のような手が、熱を帯びた頬をそっと包んで撫でる。崎くんがわたしの乾いた唇にキスをした。

「……うつるよ」
「うん。いいよ」

 うつして、と言ったときに垣間見た顔が幸せそうで、わたしは何も言わずに目を閉じた。そのまま吸い込まれるように眠りについた。
 まぶたの裏で、プラネタリウムのような、公園で見たイルミネーションのような、極彩色の無数の星が煌めいていた。

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