クリスマスって、ほんとうはあんまりすきじゃない。



『じゃ、プレゼントはちゃんと当日に着くように送るから。楽しみにしててね』
「ありがと。わたしも送るね」
『杏はいいんだよ?』
「誕生日ならともかく……お姉ちゃんだけに送らせるわけにいかないもん」
『わー、杏もそんなこと言う歳になったかあ』

 カレシと絶賛同棲中のお姉ちゃんと、電話でやりとりをしている。内容は、今月末に迫ったクリスマスのプレゼントについて。
 お姉ちゃんは毎年律儀に妹であるわたしにプレゼントを用意してくれるのだ。
 今まではただただもらい続ける側だったけれど、わたしももう高校生なのだしバイト代もあるし、いつまでも一方的に甘えるわけにはいかない。しかし一回りも年の差があるせいか、お姉ちゃんにとってはわたしはいつまでたっても小さな妹という認識らしい。
 何はともあれ、今年からお姉ちゃんは実家から離れた場所に住んでいるので、プレゼントは郵送になる。

『無理しなくていいからね? 杏はまだ高校生なんだから』
「もう、大丈夫だって……」
『それに今年は、モモタロくんにも用意しなきゃでしょ?』

 モモタロくん……。崎くんのことである。よほどお姉ちゃんのなかで、崎くんが山本さんちの飼い犬に似ている印象が強いらしい。
 スマホを耳に当てたまま、北風が吹き抜ける季節になってからわたしの部屋に移動した、サボテンのスミレ丸に目をやる。
 そう、今年のクリスマスはいつもと違う。はじめてできたカレシと過ごす、はじめてのクリスマスなのである。などと、改めて言葉にすると大仰だ。
 一応の予定では、ここのところテレビでよくCMしている最新のプラネタリウムを観に行くことになっていた。そのあとはご飯を食べて、街のイルミネーションを見て回ろうかとも話している。

『モモタロくんへのプレゼントはもう用意したの?』
「明日七瀬たちと買いにいく……」
『そっかそっか。ま、杏からのプレゼントならなんだって喜んでくれるよ』

 七瀬と森くんにも、一語一句まったく同じことを言われた。

『今年のクリスマスは楽しみだね、杏』
「……うん」

 電話越しにやさしく笑いかけているであろうお姉ちゃんの言葉に、胸のそこからうずうずと気持ちがわきあがってくる。
 うん、楽しみだ。――とても。


 お姉ちゃんへのプレゼントはインテリアショップで見つけたかわいい花柄のマグカップ、崎くんへのプレゼントは、悩みに悩んで、学校にも普段使いにも良さそうなネイビーのネックウォーマーになった。
 十二月二十四日。学校は冬休みに突入し、世間はいよいよクリスマス一色に染まっている。
 わたしはプレゼントを潜ませたバッグを手に、崎くんとの待ち合わせ場所の駅前にて、棒立ちしていた。

「……」

 目先の時計塔を確認する。待ち合わせの時刻よりまだ一時間も前である。
 いくらなんでも早く来すぎた。そんで以前にも似たようなことをしでかしたような、そんな既視感をおぼえる。
 昨夜は、遠足前の子どもよろしく楽しみであまり寝つけなかったのだ。その上、慣れないこと(ほんのり化粧をしてみたり髪を巻いたりなど)をするために今朝は早起きだったせいか、若干頭がぼんやりしている。
 いかん、とかぶりを振りつつ、冬の冷気で意識を覚ます。

「クリスマスか……」

 すっきりと晴れ渡った空に白い息を吐きながら、去年のクリスマスはどうしてたっけ、と考える。
 そうだ、イブの日に、クラスメイトが企画したカラオケパーティーに出席したんだった。でも、当時から一番仲がよかった七瀬がインフルエンザで急遽欠席してしまい、あんまり楽しめなかったのだ。他の子と話したりクラスメイトの歌を聴いていたりしたけれど、結局、割り勘したパーティープランのご飯にもほとんど手をつけずに、そそくさと途中で帰ってしまった。
 家にはお父さんもお姉ちゃんも帰っていなくて、なんだかひどく疲労を感じたわたしは、そのままベッドに潜り込んで眠りについた。翌日のクリスマス当日には、お父さんとお姉ちゃんからそれぞれプレゼントをもらった。欲しかったハーブ図鑑に、レザーのブックカバー。

「……クシュンッ」

 ぴゅうっと冷たい風に煽られて、くしゃみが飛び出た。
 せめてコーヒーショップにでも入って待っていれば良かったかも……。と、今さら後悔しながら鼻をすする。

「杏ちゃーん!」

 一際張りのある声が駅前の広場に響いて、振り向くと、手を振りながらこちらへ駆け寄ってくる崎くんが見えた。
 崎くんは、グレーのピーコートを着ていた。普段制服の学ランやジャージに見慣れているせいか、いつもより少し大人っぽいようなかっちりとした服装が新鮮だ。

「ごめん、けっこう待ってた? 早めに出たつもりだったんだけど……」
「う、ううん。わたしが早く来すぎただけ」

 この受け答えも以前口にしたのであろう。一人でデジャヴを感じていたら、崎くんが黙ってわたしを凝視していることに気づく。

「な、なに?」
「今日、かわいいね」

 彫りの深い二重の目がやわく細められ、屈託のない言葉に体温が二、三度上昇したような心地になる。

「あ、違った。杏ちゃんはいつもかわいいけど、今日はとくべつにかわいいっす」
「……ありがと……」

 そんなことわざわざ言い直さなくても、とは思ったけれど、しかし褒められてうれしいことは否めない。
 わたしはきゅっと唇を噛んで、そこはかとなく崎くんから視線をそらした。頬が熱い。
 早起きしてまで慣れないことをして、よかった。

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