怒り任せに二人の間に割って入った。
 まるで子ども同士の喧嘩のような構図だった。いじめっ子から崎くんを守るみたいに、わたしは崎くんの前に立った。
 優木くんと向かい合い、頭一つ分も高い位置にある顔を真正面からキッと睨みつける。

「優木くんが、崎くんの何を知ってるの」

 にわかに怯んだような顔をしている彼に、わたしははっきりと言い放つ。

「陰でみんな言ってるって、みんなって誰? 全員つれてきて。わたし、その人たちのこと許さないから」

 怒りによって体中の熱が上昇しているのがわかる。けれど存外、声色は冷静そのものだった。自分でもびっくりするくらい、氷のように冷たく尖った声がすらすらと飛び出てくる。

「優木くんは知らないみたいだからおしえてあげる。わたしは、崎くんのことがすきなの。崎くんが喧嘩してたことも、崎くんから聞いたから知ってるの。それでもすきなの。だって、それはわたしにとっては崎くんを嫌いになる理由じゃないから。少なくともわたしが知ってる崎くんは、優木くんよりずっと誠実で、ずっとやさしいよ」

 そうだ。わたしは、知っている。
 崎くんが、上級生や他校の生徒にいちゃもんをつけられる度にその相手を殴って、数え切れないほど喧嘩をしたことを。ひどいときは警察に見つかって注意されて、交番に迎えに来てくれたお母さんに叱られて、往復ビンタされたということも。
 なんで自分ばかり、死んでしまいたいと思ったことも。ほんとうはずっとこわかったことも。誰にも「助けてほしい」と言えなかったことも。
 すべてにおいて崎くんに非がなかったとは言わない。でもわたしは、崎くんがわたしに打ち明けてくれたことを信じて、否定しない。
 わたし一人ぐらいは、崎くんのことを守ってあげたい。

「わたし、あなたのこと大っ嫌い」

 カッと赤黒くなって目をつり上げた優木くんが、手を振り上げた。
 ──ぶたれる。
 反射的に目をつむる。しかし、いつまでたっても何の衝撃もない。そっと薄く目を開けると、いつのまにかわたしの前に立っていた崎くんが、優木くんの手首を掴んでひねり上げていた。

「い……っ! いだだだだっ! ちょっ、は、離せよ、この馬鹿力……っ!」
「あ? うるせぇよ、キャンキャンキャンキャン。だから俺は犬は嫌いなんだよ」

 まるで別人のようだった。
 つい先日聞いたばかりのわたしを諌めた声なんて比じゃない、まったくはじめて聞く低く重い声に、思わず体がかたくなった。わたしでもそうなのだから、いまそれを向けられている優木くんはなおのことだろう。
 ふと、崎くんが横目にわたしを見て、それからまるで自分を落ち着かせるように細く深いため息をついた。

「……あんたが言った通りだよ。俺は頭軽いし脳筋だし、平気で人のこと殴るようなヤンキーだよ」

 さっきよりは幾分冷静に、それでもだいぶドスの効いた声で崎くんが言う。

「なにが言いたいかわかるか? 俺は、俺の好きな子に手ぇ出すようなやつは誰だろうが平気で殴る。……あんたがいま喧嘩売ってんのはそういうやつだよ。それぐらい理解してるよな? センパイ」

 優木くんの赤黒かった顔色が嘘のように、一瞬でサッと青ざめる。崎くんが乱暴に手を離すと、優木くんはよろめいて尻餅をついた。
 と、優木くんの視線がわたしに向けられる。けれどすぐに、ふいっと逸らされた。何か言いたげな表情で、でも無言のまま優木くんは立ち上がると、少し危ういふらついた足取りでこの場を去っていった。
 二人きりになっても崎くんはしばらくこちらを振り返らなかった。ややあって、ゆっくりこちらを見やると、眉を下げて笑ってみせた。
 あ、いつもの崎くんだ……。そんなふうについ、肩の力が抜けるのを感じた。

「……杏ちゃん、ありがとう」

 カッコよかった、と崎くんが言う。
 ついさっきの自分の勢いと、崎くんのまっすぐな言葉に、少し恥ずかしくなった。

「……わたしも、ありがとう」
「え?」
「その、守ってくれて……」

 崎くんを守ってあげたい。そう思って行動したつもりだったのだけど、結局わたしは最後まで崎くんに守られてしまった。
 なんだか情けない気持ちでうつむくわたしを、崎くんは笑ったのだろうか、空気がふっとやわらかくゆれた気がした。かと思えば、崎くんがおもむろにその場にしゃがみ込んで、わたしの左手をとった。

「守るよ。これからも、ずっと。一生」

 崎くんが恭しくわたしの左手の指先にくちづける。それを見て、わたしは火がついたみたいに顔が熱くなった。もちろんさっきとは違う種類の熱さだ。
 一生って……。重いな、と思う。
 でも、うれしかった。一生なんて、わたしなら躊躇してしまうほどの言葉を、なんの迷いもなく口にしてくれたことが。
 というか、これってなんだかまるで……。

「……プロポーズみたいだね」

 思わずこぼれたわたしの小さな声を、崎くんは聞き逃さなかったらしい。
 わたしを見上げて、ニコッと笑った。

「そのつもりっす」
「え゛っ」

 左手の薬指。まるで指輪をはめるかのように、崎くんがそこにキスをした。



16.11.13

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