あたしたちは、ちゃんと計画を立ててどこかに出掛けるということを、今までしたことがなかった。同じ部屋でいっしょに暮らしているからなのだろうか。出掛けるにしても、その範囲はとても狭い。コンビニ、スーパー、レンタルショップ。あとは、たまに近所の飲食店で夜ごはんを食べたりとか。
特に不満を感じたことはなかった。でも、そっか、今までちゃんとけーたとどこかに出掛けたことなんて、なかったんだ。
そんなふうに改めて思いながら、あたしは部屋のカーテンを開けた。空は、晴れていた。日差しがまぶしい。雨の気配なんて一つもない日曜日の朝。少しだけ、どきどきしてる。
(Sunday)11:30 am
遠出というほどではない。アパートの最寄り駅から電車にゆられて1時間程度。それでも、周りの景色がとても新鮮だった。何しろ田舎出身なので。
田舎者のあたしにとってはあのアパートの周辺だって全然都会に思えるけれど、ここはそれ以上というか、あたしのイメージそのままの都会の街という感じだ。
空へ高く伸びるビルに、隙間なく軒を連ねるおしゃれなお店に、それととにかく歩く人の多いこと。休日なのもあると思うけど、あたしたちぐらいの若い人ばっかり。しかも視界に入る人皆あか抜けて見える。
「そんな珍しいの」
キョロキョロしながら歩く田舎丸出しのあたしを見て、けーたが笑った。
「都会だなって思って」
「まあ、畑とか田んぼとかはないしな」
「けーた、ここよく来る?」
「ああ、うん。スタジオとかあるし」
「そっか」
けーたは、この都会の街にとても馴染んでいた。アパートのあの部屋にいたときはわからなかったのに、けーたはこういう街にいるのがとても似合っている。人の多い道を歩くのにも慣れている。まるで何もない道を歩くみたいにすいすい進んでいく。
「けーた、歩くの上手だね」
「なにそれ」
あたしを見て、けーたが笑う。それがなんだか、いつもよりずっとくすぐったかった。手をつないでいるせいかもしれない。歩く振動のようなものが手から伝わってくる。
電車を下りてから、けーたとずっと手をつないでいる。頼りないあたしは、けーたの手がないときっと途端に迷子になる。けーたもたぶんそれをわかっている。
「けーた」
「ん?」
「映画、楽しみだね」
「うん」
そっけない相づちでさえも、今日はなんだかくすぐったい。
宙ぶらりんだった日曜日は、映画を観に行くことになった。しかも前日に決めた。昨日ふたりでTVを眺めているときに、たまたま流れた映画のCM。これ観に行きたい、とけっこうテキトウにあたしが指差したものが、そのまま今日の予定になったのだった。
映画の内容は、今期最も泣ける感動ストーリー、と大々的な謳い文句がついたアニメ映画である。
「おまえ好きだよな、こういうの」
けーたは不満こそ口にはしなかったけれど、とても乗り気には見えない。
混みあう映画館。空いていた16時のチケットを買い、一枚をあたしに渡しながらそんなことを言う。けーたはアニメ見ないもんね。ト●ロは好きなくせに。
「でも、さっき電車乗ってるときにレビュー見たら高評価だったじゃん」
「そうだっけ」
「そうだよ」
「じゃあつまんなかったらデコピンな。三回だから」
「なんで!?いいよ、じゃあ面白かったらね、けーた三回まわってニャーだよ!」
「いいよ」
「いいの!?」
「つーか時間あるし、飯行こ」
「なんか釈然としない……」
「ん」
当たり前のように差し出される。あたしと全然違う大きな手を見つめて、ちょっとむっとした。あたしにはこの手がないと、だめなのだ。けーたはそれをわかっている。
少しの間だけ離れていた手は、またいっしょになった。指が絡む感覚に安心して、映画が面白かったらいいと願う。