喧騒にまみれた一夜が過ぎて、外に出てみれば、清々しい冬の早朝。
 疲れきった足で帰路を歩き出すと、張り詰めた風に体をなぶられる。フルタイムで酒の匂いと浮かれた空気に揉まれていた身としては、その冷たさにようやく気持ちが洗われるようで、心地よかった。
 バイト変えたい、と思う。切実に。
 職場であるダイニングバーNexusは、客層が常連客と地元民で構成されて、どちらかといえばアットホームな雰囲気なので、ダンスミュージックがかかって客が酒を片手に踊り狂うみたいな無法地帯ではないとはいえ、イベント当日となるとまた話が変わる。理由は単純、通常の倍浮かれた客の相手をするのは、こっちとしてはその十倍疲れるからだ。出勤前の行きたくなさと退勤後の疲労感が半端ない。
 ただ、時給がいいのと通勤がラクなのが、結局それらを上回るのである。あと店長とはなにかと趣味が合う。いまところ唯太もいるし。
 そして今年は、今日休みがとれたことが救いだった。
 視線を少し上げると、朝日を浴びて発光しているかのような、三階建ての白い壁のアパートが見えた。

 ――海未、まだ寝てるだろうな。

 眩しさに目をすがめる。強い風が吹いて、くしゃみが出た。
 やっぱ寒い。はやく帰ろ。



 部屋の鍵を開け、中に入った。

「……」

 薄暗い玄関で靴を脱ぐ前に、俺を出迎えた存在に、目を瞠る。

「めりぃ〜くりすまぁ〜す」
「……」

 毛布オバケだ。――いや、毛布を頭からかぶった、海未である。
 つくったような低い声で「メリークリスマース」とか聞こえたけれど、そのいでたちはクリスマスではなく、どっちかというとハロウィンじゃね? と、俺は思う。

「……なにしてんだよ」

 ばっと毛布を剥ぎ取る。現れた海未は、頭にバラエティショップで売っているようなサンタ帽子をかぶっていて、俺を見るなり、にしし、と歯を見せて笑ってみせた。

「けーた、めりーくりすます」

 サンタ帽子からのぞく寝癖。まだ少し眠たそうな目元。パジャマにしている俺のスウェット。
 さっきまで寝ていたのだろう。たぶん、俺の足音でも聞いたのか、いつのまに用意したんだか帽子をかぶって、ついでに毛布もかぶって。
 ばからしくて、思わず笑ってしまう。なにが「メリークリスマース」だよ。
 なんだか一気に力が抜けて、脱力したついでに目の前の小さな体を抱き寄せる。

「なにやってんだよ、アホ猫」
「猫じゃないし、サンタだし」
「……あっそ」

 俺の腕のなかで、けーたの体つめたい、などと文句を言う海未。それでもおとなしく、いいこでいる。

「けーた、けーた」
「なんだよ」
「ケーキ食う?」

 コンビニのだけど、と海未が言う。
 コンビニで働く海未は、たしか去年もケーキを予約して買ってきた。定番のまるい苺のショートケーキ。

「今年は違うやつにした」
「どんなの?」
「丸太のチョコのやつ。けーたはそれがすきだって、おにいさんから聞いた」
「……」

 なんとなく海未をこうしているときに、兄貴の名前なんか聞きたくなかった。つうかなに兄貴とそんなやりとりしてんだよ。

「けーた、ケーキ食う?」

 朝からケーキ、と思うけれど、まあいいか。今日ぐらい。

「……食う」

 仕方なく答えると、海未がうんと頷く。満足そうに。
 俺を見上げるご機嫌な猫の目。笑った拍子にサンタ帽子がずれて、ちょっとまぬけだった。
 ――プレゼントは、とりあえずケーキを食べてから渡そうか。





Merry Christmas!

16.12.25



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