バスルームにて。
 朝シャワーを浴びて、さあ着替えようとしたとき、事件は起きた。

「……」

 今日はバイトだ。外に出るときは、きちんとブラジャーをつけなければならない。

「うぐぐぐ」

 少しかがんで、ブラジャーを、つ、つけなければ、ならない。

「ぐがぎぎぎ」

 お、おかしいな。ちょっと太ってしまったかしら。
 以前なら楽に留められていたブラジャーのホックに悪戦苦闘している。たっぷり三分ほどかけて、なんとかホックを留めることができた。ほっと一息、だけど、姿勢を正したところで、やっぱりちょっと付け心地が……キ、キツい。
 あたしは、改めて自分の胸を見下ろしてため息をついた。なんだか恥ずかしい気持ちになるのだ。自分の体のことなのに。
 毎日の牛乳を控えたほうがいいのかな。でも、ジーンズの丈はぴったりなままだから、身長は変わってないのに、なぜおっぱいだけ成長してしまうのだろう。
 生命の神秘だな、などと考えながら着替えを終えてバスルームを出た。



「海未ちゃん先輩、実は意外とおっぱいありますよね?」

 最近コンビニに、新しいアルバイトが入った。
 女子高生の大路明日美ちゃん。お喋り上手で、いたずらっぽい八重歯がかわいい。彼女の研修期間はあたしが指導役だったので、なにかと話す機会が多くて仲良くなった。あたしは彼女をすうちゃんと呼んでいる。
 この日の仕事を終えて二人でロッカールームで着替えていたら、すうちゃんがあたしをまじまじと見ていた。正確には、あたしの胸である。思わず引き気味の体勢になってしまう。

「う、海未でいいんだよ。すうちゃん」
「いいえ先輩ですし! いいなあ、羨ましい。あたし一時期毎日豆乳飲んでましたけど、貧乳のままですよ。さわっていいですか? あと正確なバストサイズ知りたいから揉んでいいですか?」
「ヒッ、ヒイッ!」
「あっ、まって! 違うんです、海未ちゃん先輩ほんとあたしのタイプなんです! 第一印象から決めてました! 金払うんでおっぱい揉ませてください!」
「ギエーッ!」

 ロッカールーム内をひたすら逃げ回る。
 研修期間中のとても良い子だったすうちゃんはどこへ行ってしまったのだ。しっかり者の妹ができたみたいで、あたしはうれしかったのに。
 最近は、仕事が終わればあたしはすうちゃんからハレンチな目にあっている。

「大路さん!」

 ピシャリと声が響いた。
 外に繋がる裏口のドアのところに、見慣れない怒った顔をした日向くんが立っていた。

「大路さん、何してんの!?」
「あ、ひ、ひなたくん……お、おはようございます……ハアハアハア」
「チッ。邪魔しないでくださいよ、日向先輩!」
「チッじゃないよ! 毎回シフト重なるたびに岡部さん追い回すのやめろって俺言ってるよね!? 岡部さん嫌がってるじゃん!」
「人を変態みたいに言わないでください! 愛しかないのに! ったく、日向先輩はこれだから残念なんだよ……」
「残念!?」
「てゆーか、日向先輩だって海未ちゃん先輩のおっぱい揉みたいと思ってるくせに。自分がヘタレで揉ませてくださいって言えないからって、ひがまないでくださいよ!」
「もっ……! な、な、なに言ってんの!? おっ、おおお思ってないよ!」
「うるせーぞ日向バカタレ! 出勤したらタイムカードつけてさっさと来いや!」
「店長、なんで俺だけ!? 大路さんが岡部さんと俺にセクハラする!」
「してませ〜ん」
「おまえの声がでけぇからだよ! 店内まで響くんだよ! 日向、おまえクレームきたら坊主だからな!」

 突然現れた店長が引っ込んで、ロッカールームが静かになる。しかし、ふっとあざ笑い顔のすうちゃんに、ちょっと泣いてる日向くん。そこはかとなく漂う険悪な空気に、あたしは狼狽える。
 日向くんとすうちゃんは、あまり仲がよろしくないらしい。すうちゃんが入ってそろそろ一ヶ月経つけれど、顔を合わせるたびにこんな感じなのである。

「あ、もうこんな時間。海未ちゃん先輩、いっしょに帰りましょう?」

 すうちゃんに腕をとられる。たしかに退勤したのに、いつまでもロッカールームに入り浸ってはいけないのだ。
 これから働く日向くんにまたねと告げようとした、そのときだった。

「ヒイッ!」
「Dですね! メモしときます!」
「大路さんッ!」
「すうちゃん、メモしないで! あたしDじゃなくてCなんだよ!」
「Dですよ! 揉んだらわかります! 海未ちゃん先輩ダメですよ、キツいブラなんてつけたら! あたしが厳選しますから明日いっしょにブラ買いに行きましょう!」
「もおおおお大路さんやめてよ! ていうかやめなよ! お、岡部さんも、俺がいる前でCとかDとか言わないでください!」
「クソ日向先輩まだいたんですか?」
「クソ!?」

 夜、なんやかんやで帰宅した。

「た、ただいま……」

 まるで今起きたばかりのようなスウェット姿のけーたが、へろへろのあたしを怪訝そうにしながら、おかえり、と言う。

「なにへろへろしてんの」
「も、揉まれてしまったよ……」
「は?」

 ドサッとソファに倒れ込む。
 うつぶせに突っ伏したまま、あたしは悶々とする。帰り道に、すうちゃんから教えてもらった話についてだ。あたしのおっぱいが成長してしまった原因……。

「……けーたのせいだよ!」
「なんだよ」
「けーたのせいで、CからDになってしまったよ! ドチクショウ!」
「D? え? なにが?」
「こないだ買ったばかりの水玉のやつあるのに……うっうっ」
「おまえさっきから何言ってんの?」

 しばらくおさわり禁止にしよう。そうしよう。



(元拍手御礼)
17.3.19 



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