朝ごはんはいっしょにたべる。
 けーたはあたしのごはんを作ってくれる。ある定位置に置かれたふたつの皿には、それぞれ牛乳とごはんが入っている。
 今日のごはんはうれしかった。あたしのすきなやつ。ツナの猫缶。ツナはとてもおいしい。

「おまえツナのやつ好きだな」

 けーたがちょっと笑った声で言って、自分のごはんをかじる。焦げくさい、黒っぽいトースト。
 けーたは自分のごはんを作るのは上手じゃない。なんかいつも焦げくさいやつだ。今朝もそうだ。けーたはしょうがないね。

 朝ごはんをたべたら、けーたはまたちょっと眠る。次に起きるのは夕方の手前くらい。今度はあたしが起こさなくても自分で起きる。そのあとは身支度を整えたりして、部屋の窓から夕陽が差し込む頃になると、どこかへ出かけるのだ。
 どこへいくの、とあたしが聞いても、けーたは答えてくれない。じゃあ行ってくるから、とあたしの頭をなでて、答えてくれない。

「けーた、いってらっしゃい」

 玄関の前まで、あたしはけーたを見送る。
 けーた、おいしいおやつ買ってきてね。こないだの「ちくわ」がいいな。けーた、今日はちょっと雨のにおいがするよ。夜中には雨がふるかもしれないよ。びしょぬれになっても知らないからね。
 けーた、早く帰ってきてね。まってるね。
 やがて、ドアが閉まる。けーたの足音が遠くなってゆく。それが聞こえなくなった頃、あたしは小さなため息をついて、くるりと踵を返す。

 けーたのいない部屋は広い。けーたのいない部屋は静かだ。けーたがいないのは、つまらない。
 ひとりで何しようかな。しっぽを追いかけて遊ぼうかな。それとも夜のさんぽに出かけようかな。それとも、けーたの毛布にいたずらしようかな。そんなふうにいろんなことを考えながら、結局いつもすることがない。考えてるうちにもう夜だ。
 そうだ。今日もソファの上でまるくなって眠ろう。

 カーテンのすき間から、ぽっかり浮かぶ黄色の月が見えた。まるい黄色の月。あれはきっと、たべたらおいしいのだ。
 けーたはたべたことあるかな。ないかな。
 ソファの上でまるくなって眠る。たまにけーたが眠ったままあたしの名前を呼ぶように、猫も夢をみる。
 夢のなかで、あたしははじめて、青い「うみ」を見た。まぶしい空の光をいっぱいに浴びた「うみ」は、どこまでも続いているようで、あたしの視界に収まらないほどだった。
 「うみ」はキラキラしていた。あたしはこんなにきれいなものを、生まれてはじめて見た。




 目が覚めたら、けーたに「うみ」を見たことをおしえてあげようと、あたしは夢のなかで考えた。
 あと、そうだ、今度の朝ごはんは黄色の月がいいと、けーたに言おう。まるい黄色の月を半分こして、けーたといっしょにたべたい。

 けーたが答えてくれなくても、いいのだ。



(元拍手お礼小説)
16.3.23



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