冬はすぐに日が沈む。
 外はすっかり夜。北風の舞う音を聞いているだけで寒くなる。今夜あたり雪が降りそうだと、天気予報が言っていた。
 でも、あたしの目の前に広がる光景はあたたかい。いいにおいのするやわらかい湯気が、部屋中を満たしている。

「どうしてこうなった」

 鍋の火加減を調整しながら、唯太くんがつぶいた。
 そう、鍋である。
 どうしてこうなったのかはあたしもよくわからないけれど、あたしがいつのまにか眠っていて、目が覚めた頃にリビングへ顔を出せば、すでに鍋の準備がはじまっていたのだ。

「玉子がゆ作ってたんじゃなかったっけ、慧太くん」
「……」
「慧太に教えるのに卵割りまくって量産しちゃったからさあ、もうまとめて鍋にしよってなった。無駄に体力使って腹へったわ、も〜」
「それで結局、慧太くんはちゃんと卵割れたの?」
「……」
「教会行って呪い解いてもらうしかないね!」

 唯太くんと秋吉くんの会話を聞いて、それからあたしは、隣に座っているけーたを見上げた。相変わらず不機嫌な横顔。

「けーた」
「……なんだよ」
「おかゆ作ってたの?そうなの?」
「……そうだよ」

 悪いかよ、と言わんばかりにふてくされるけーたを見て、あたしは、そっか、と思う。
 そっか、けーたはおかゆを作っていたのか。あんなに一生懸命なにしてるのかと思った。

「ふふふ」
「……なに笑ってんだよ」
「オムレツじゃなかったのかと思っただけだよ」
「は?」
「そろそろいいかな」

 唯太くんが、鍋の蓋を開けた。途端にふわっと白い湯気が立ちのぼる。
 鍋の中は、オトーフにお肉に白菜にネギ。それらがたまごのやさしい黄色で包まれて、ぐつぐつ煮立っていた。
 よく見たら、なるほど、おかゆの名残らしく、具の下のほうにはごはんが覗いている。たまごがゆ鍋だ。

「やべー、ちょううまそう〜!」
「ギニャアアア鍋〜!」
「おい海未、発情すんなよ。また熱上がるぞ」
「これって何鍋?おじや?」
「『海未ちゃんへ捧げる愛の玉子がゆ鍋(笑)』だよね〜、慧太〜」
「うっさいわボケ!」
「イタァッ!」

 四人で鍋を囲んで、なんやかんやと騒ぎながら熱いうちに食べた。食べてるうちにじんわりと体に汗をかいているのがわかる。外は真冬なのに、ここはまるで南国のようだった。
 お出汁のきいた鍋はおいしかった。けーたと秋吉くんは、ずっと仲良く喧嘩していた。唯太くんは、ときどきあたしの分まで鍋の中身をよそってくれたりして、でもふと立ち上がったかと思えば、喧嘩がピークに達した二人をゲンコツで制圧した。
 あたしは、ずっと笑っていた。





「けーた」

 騒がしさが消えた部屋の中は、それでもあたたかさがある。
 あたしは、カーペットの床に仰向けになった酒臭いけーたを見下ろす。名前を呼んでみたけど、起きない。眉をわずかに寄せただけ。

「……油性ペンでも持ってこようかな」

 そんないたずら心を口にしたとき、ふらりと力なく腕が上がり、大きな手のひらがあたしの頭の上にのせられた。
 目はつむっているくせに、けーたの手はいつものように、あたしの髪をくしゃっとする。

「……秋吉と、唯太は……?」

 目をつむったまま、けーたが訊く。声はかすれてる。散々怒鳴りまくってたせいだ、と思う。あと、酒飲みすぎ。

「とっくに帰ったよ」
「……うみ」
「なに?」
「熱は……?」
「も、下がった」

 あたしが答えると、頭の上の手がまた髪をくしゃりとしてくる。さっきより、幾分やさしく。

「……よかった」

 真夜中にとけそうなちいさなため息が、声になって、あたしに届いた。あたしの胸がそっと疼く。

「けーた」
「……ん?」
「おかゆ、んまかった」
「……あっそう……」
「また作ってね」
「うん……」
「またみんなで鍋しようね」
「……うん」
「けーた」
「なに……」
「あけおめ」

 つい、そんな言葉が出てしまった。
 うそだ、と思う。ほんとうは今日はまだ31日だ。まだ全然あけおめじゃない。
 でも、いいや、と思った。なんだかもう、あけおめでいい気がした。
 けーたは、わかってるのか寝ぼけてるのかわからないけど、ふ、とちいさく笑って、

「あけおめ」

 と、言った。

 うっすらとテレビがついたままになっている。外はどうやら雪が降っているらしかった。
 世界の片隅、ちいさなアパートの部屋の中は、こたつもないのにあたたかい。テーブルの上の鍋の中には、おかゆがまだほんの少し残っている。一口ほど。朝になったら、温め直して食べてしまおう。
 カーペットの床に寝転んで、二人で一つの毛布にもぐりながら、けーたの腕の中で、あたしは目をつむった。


あのね、たまご色の海を泳ぐ夢をみたよ
なにそれ



A Happy New Year!
16.1.29



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