side:Umi
昔から、よく熱を出す。
単に風邪だったり、なにかのきっかけで緊張したりして、それが熱になって体に現れたりもする。知恵熱みたいな。どうにも発熱しやすい体質らしい。
今回は、風邪のほうだ。けーたには、この寒いのに薄着でいるからだ、と言われた。
だって、薄着で毛布や布団にくるまるのがすきなんだもん。あたしは一人、心の中で言い訳をする。
「……」
年末の午後は静かだ。けーた曰く、このアパートの住人たちは年末にはほとんど帰省してしまうのだそう。
けーたは帰らないの?と訊いてみたところ、誰かが風邪ひいてるから、とのこと。
留守番くらいしてるのに。もっともらしく思ってみるけど、けーたがいてくれて、あたしはうれしい。
おとなしく毛布と布団ですまきになっていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえてきた。
あ、帰ってきた。
「海未ちゃーん!大丈夫〜?」
「お邪魔します」
「あっ、お邪魔しまーす!」
「え”っ」
思わず、ベッドの上で体を起こした。
寝室の向こう側からはあきらかに数人の足音がしている。何事かと混乱しているうちに、ドアがコンコンとノックされたので、反射的に「はいどうぞ」と答えてしまう。
「海未ちゃん!久しぶり!」
「すいません、急に来て。風邪大丈夫?」
開いたドアから顔を覗かせたのは、秋吉くんと唯太くんだった。
二人とも、なぜここに。
「だ、だいじょぶだよ」
「ごめんね!いきなりであれだけど、ちょっと台所借りるね!」
「あ、はい」
「果物とかいろいろ買ってきたんだけど、冷蔵庫開けていいかな」
「あ、どうぞ」
そこはかとなく毛布で顔を隠しつつうろたえていると、二人を押しのけて、ハンパなく不機嫌な顔をしたけーたが部屋に入ってきた。
「具合は?」
ベッドの前にしゃがんだけーたは、あたしに目線を合わせて訊いてくる。
「まあまあ……」
「あっそう。ちゃんと寝てた?」
「うん」
「これ、ポカリ。ここ置いとくからな……」
「慧太ー!鍋どこにあんの、鍋!」
あたしたちの会話に割って入るように、秋吉くんの声が部屋に響く。けーたの眉間のしわがますます深くなった。ますますチンピラのようだ。
「……なんかあったら呼べよ」
ドスの効いた声でそう言い残して、けーたは寝室を出ていった。
「だーかーらー!卵の割り方はこうやって、こう!」
「おまえの教え方、大雑把過ぎんだよ!」
「なにこの人!?卵もちゃんと割れないくせになんでこんな態度でかいの!?だいたい殻ごと器にブチ込むやつに大雑把言われたくないわ!」
にぎやかだ。
ドア越しに聞こえてくるのは、主にけーたと秋吉くんの口論である。かれこれ30分ほど激しい争いを繰り広げているのだけど、その内容というのが卵の割り方なので、聞いているこっちは平和な気持ちにすらなる。
それにしても、そんなに卵を使ってなに作ってるんだろう。
「オムレツでも作ってるのかしら」
あたしはというと、すっかり目が覚めてしまった。朝に飲んだ薬が効いているのか、体を起こしていられるくらいには気分も悪くない。
暇をもてあましていると、ドアがひかえめにノックされた。
「起きてて平気?」
「あ、唯太くん。いらっしゃいませ」
「……まあ、こんなんじゃ寝られないか。すいませんね、うるさくて。あとで二人まとめて殴っておくから」
「構わんよ。あっ、唯太くん風邪うつっちゃうよ」
「ああ、大丈夫だよ。俺ろくに風邪ひいたことないから。ところでリンゴむいたんだけど、よかったらどうぞ」
「あららら、そんなおかまいなく……」
差し出された皿の上を見ると、五つ並んだリンゴの赤い皮がうさぎのかたちになっているのだった。かわいい。唯太くんは器用だ。
「けーたも、ちょっとは見習ってほしいね」
「ははは」