side:Keita



 閑散としているわけではないのに、どことなく静かで、すれ違う人はどことなく早足で歩いているように見える。
 白昼の街を歩きながら、もう年末か、と今年も変わらずに思う。

 12月30日。
 海未が、熱を出した。

「何度?」
「38度……」

 体温計を俺に手渡しながら、海未が答えた。赤いほっぺたで、額にはさっき貼ってやった冷えピタ。
 海未は、よく熱を出す。
 海未がここに来て二年になるが、その間五回以上は発熱していると思う。もう看病するのにも慣れてしまいそうだ。ひどくなるまで本人は至ってけろっとしているから、タチが悪い。

「買い物行ってくる」

 立ち上がる。冷蔵庫には何もない。薬もなくなりそうだし、冷えピタも今貼っているのが最後だ。

「食いたいもんある?」
「アイス……」
「アイスね」
「ハーゲンダッツの……いちごのやつでいいよ」

 弱々しい声で、ちゃっかり高いアイスを指定してくる。なんかこいつ調子にのってないか。
 まあ余程辛そうにしているよりマシか、と思うことにして、ダウンを着込む。ポケットにスマホと鍵と財布を突っ込んで、部屋を出た。



 ドラッグストアはわりと混雑していた。平日の昼間なのに親子連れが多い。ああ、年末だからか。親にチョコレート菓子をねだる子どもを横目に、カゴに冷えピタやら薬やら放り込んでいく。
 食品が並んだ棚の前で、立ち止まった。レトルトのおかゆを一つ手にとる。

「……」

 おかゆって一口に言っても、けっこう種類があるんだな。玉子だとか梅だとか五穀だとか。
 梅は口がさっぱりしていいかな、と思うけど、海未、あいつ梅干し食えたっけ。
 スマホを取り出しかけて、やめる。こんなことわざわざ電話して聞くのもな……。
 作ったところで食えないんじゃ意味がない。ということで、梅は除外。五穀に至っては味の想像すらできないし、ふつうの白がゆは味気ない。やっぱり、玉子が無難か。卵かけご飯好きだし、海未。
 しかし、同じ玉子がゆでも、メーカー違いでいくつかある。こっちのとこっちの、どっちがいいんだかわからない。

「あれっ?慧太じゃん!」

 吟味している最中、突然聞き覚えあり過ぎるでかい声で呼ばれたかと思えば、バシッと背中に衝撃。思わず玉子がゆを落とした。
 通り魔のような犯行に思いっきり顔をしかめる。完全に油断していた。なんでこんなところで。

「……なにしてんだよ、秋吉」

 真後ろに立っていた秋吉が、なにって、と笑う。

「買い物ですけど!奇遇ですね!慧太、一人?」
「一人だよ。つーかおまえ、年末は帰省するっつってなかったっけ。なんでいんの」
「いやー、今年はサークルのカウントダウンイベントあるから……って、なになに、慧太風邪ひいてんの?」

 俺のカゴの中身を見やって、秋吉が訊く。

「俺じゃねえけど」
「あ、もしかして海未ちゃん?あららお大事に……。てか、慧太大丈夫なの?」
「なにが」
「できんの?看病とか」
「できるわ。何回あいつの看病したと思ってんだよ」
「慧太くん、玉子がゆぐらいレトルトじゃなくて作ってあげれば?」

 なんかまた聞き覚えあり過ぎる声が。
 振り返れば、床に落としたままになっていた玉子がゆを、無骨な手が拾い上げたところだった。

「……なにしてんの、唯太」

 12ロールのトイレットペーパーを片手に下げた唯太が、なにって、と俺に玉子がゆを差し出す。

「買い物ですけど。奇遇ですね。そっちは二人で仲良く買い物?」
「ちげぇし。なんかいきなり出てきた、こいつが」
「人のことドラクエの魔物みたいに言わないでよね!唯太トイレットペーパー買ってる場合じゃないよ!海未ちゃん風邪だって!」
「あーうん、聞こえてたから二人の会話。最近本格的に寒いもんね」
「そういや、今夜あたり雪降るかもってお天気お姉さんが言ってたわ」
「マジでか。でもまあ、地元だったらこの時期雪降りまくってるけどね」
「ねー。こっちにいるとこっちの気候に慣れちゃうよね〜」
「……玉子がゆって、作れんの?」

 何気なく質問したつもりだった。それこそ「へー、今夜雪降んの?」ぐらいの気軽さで。
 唯太と秋吉が、同時に俺を見るなり、そのまま沈黙する。え、なにこの微妙な空気と二人の「何言ってんのこいつ……」みたいな視線。
 まるで、俺が失言したみたいな。



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