「ねえ、唯太くん。唯太くんを見込んでちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれる?」

 動揺の真っ只中にいる俺に、慶介さんが俺の頭をなでながら、(そこはかとなく妖艶さをはらんだ声で)言う。

「慧太の近況報告を俺にくれないかな?」
「……は?」
「時々でいいんだ。内容はなんだっていいよ。授業中に居眠りしてるとか、学食で好物のハンバーグ定食を食べてる、とか」
「ハンバーグ定食……」
「報告はメールでも、なんだったら電話でもいいよ。24時間受け付けてるから」

 語尾にハートがついてそうなその声を聞きながら、俺はまるで催眠術にでもかけられているような気分だった。
 それがふっと覚めたのは、慶介さんが俺の頭から手を離したときだった。

「はいこれ。裏に、俺の私用の番号とアドレス書いてあるから。そっちに送ってね」

 と言って手渡されたのは、名刺だった。
 シンプルなデザインの白い名刺。名前と勤め先の社名、それにメールアドレスと携帯番号も書かれている。その名刺を裏返すと、言われた通り、ボールペン字で表面の印刷とは違う番号とアドレスがあった。
 同じ男が書いたとは思えないほどうつくしい文字をぼんやりと眺めながら、俺はなんとなく頭に浮かんだことを、目の前の彼に訊ねてみた。

「……あの、わざわざ俺が送らなくても、慶介さんが慧太に近況を聞けばいいじゃないかと思うんですけど……」
「ああ、ダメダメ。あいつ、俺じゃ全然素直におしえてくれないんだもん。ふだん離れたとこにいるから盗撮できないし。寝顔とか」
「はあ、盗撮……」
「それに、友だちにしか見せない顔ってあるじゃん?ついでに言うと、俺こないだから慧太に着拒されてるんだよね〜。あはは」
「…………」
「そういうことだからよろしくね、唯太くん。ちゃんとお礼はするから」

 決してゴリ押しされたわけではないはずなんだけど、なんだか俺は断れなかった。結局契約(?)は成立してしまったらしい。まあべつに慧太の近況報告するだけなら、と思い、自分を納得させることにした。
 慶介さんは、おもむろに自分の腕時計に視線を落とすと、ああ、と声をあげた。

「俺、もう行くね。冷蔵庫にお土産のチョコロールケーキあるから、よかったらあとで慧太と食べて。それじゃ、ゆっくりしてってね」

 突然そう言うと、慶介さんは腰を上げて、俺の前から離れていく。部屋を出る間際、あ、そうだ、とふいに足を止めて、またこちらへ戻ってきた。なんだと思ったら、細い指先が、ラックの中からあるCDを抜き出した。
 相対性理論の『シフォン主義』。

「これ取りに来たんだった」

 猫のような微笑を残して、今度こそ慶介さんは部屋を出ていった。
 入れ替わるように慧太が戻ってきたのは、慶介さんが出ていってから10分も経っていなかったと思う。

「はあ、無駄に体力使った」
「……おかえり」
「……唯太、なにめずらしく疲れた顔してんの?人の部屋で何してたんだよ、おまえ」
「いや違うから、これはそういうのじゃないから……。慧太、戻って来る途中で会わなかったの?」
「誰に」
「…………会ってないならいいや、うん」
「何言ってんだよ、こえーな」
「あー、慧太くんといると落ち着く……」
「ハア?なんなんだよさっきから、気持ち悪い」



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