「……あれ?」
「……あ、お邪魔してます」

 慧太に似てる。だけど、慧太じゃない。
 ノックもなしに部屋のドアが開き、現れたスーツ姿の若い男が、中にいた俺を見て、特に驚くこともせずこんにちは、と笑った。俺もとりあえずこんにちは、と返す。
 あ、そういえば、と俺は思い出した。
 そういえば前に、慧太が「兄貴がいるんだよ。実家出てるけど。毎日メールしてくっからほんとウザイ」とか言っていたっけ……。
 まさかの実家出てるはずの慧太の兄との対面。ううん、どうしよう。

「慧太の友だち?」
「あ、はい。鈴木といいます」
「ああ、唯太くん!」
「えっ?」
「慧太からよく聞いてるよ〜。はじめまして、兄の慶介です。いつも弟がお世話になってます」
「あ、そうなんですか。いやあ、こちらこそ慧太くんにはお世話になってるんで……英語の課題とか……」

 慧太、お兄さんに俺の話してるんだな。なんだかちょっとうれしいような、気恥ずかしいような……。
 お兄さん改め、慶介さんに、慧太が不在であること、たぶんもうすぐ戻るんじゃないかということを伝えると、彼は笑い、

「うん、知ってる」

 と、言った。
 もしかして、来る途中で慧太とすれ違ったのだろうか。
 不思議な雰囲気の人だと思った。顔立ちも背格好も、慧太とよく似ている。だけど笑顔の絶えない表情がやわらかく、それでいて飄々として、慧太とは違った印象を受ける。柔和でいて、どこか見透かされているような。

「……唯太くんは、よく人を見てるね」
「え?」
「ううん。そうだ唯太くん、慧太学校でどう?ちゃんとやってる?いじめられてない?」
「ええと、まあそれなりにいろいろ言われたりしてますけど……でも俺たちといるときはわりと元気なんじゃないかなって、俺は勝手に思ってます」
「あはは!そっかあ、それならよかった。ほら、慧太ってツンデレなとこあるじゃん?でも唯太くんみたいな友だちが一人でもいるなら、安心した」

 そう言って、穏やかな笑みを浮かべる慶介さんに、慧太、愛されるなあと思った。それから、少しうらやましい、とも。
 兄弟が妹しかいない俺は、こうして兄という存在を目の当たりにしてみると、少しうらやましい気持ちになるのだった。慧太は「ウザイ」とか言ってたけど、弟思いのいいお兄さんじゃないか。
 なんてしみじみとしていると、ふいに慶介さんがこちらへ近づいてきて、俺の前にしゃがんだ。そして、俺の頭をよしよし、となでた。ものすごいにこにこしながら。

「唯太くん、君ほんといい子だね。唯太くんみたいな弟がいたらよかったな〜。あ、もちろん慧太と比較して言ってるわけじゃないよ。慧太は慧太でかわいい俺の弟だしね」

 人に頭をなでられるという経験がほとんどない俺は、この状況をひたすらどうしていいのかわからなかった。慶介さんが何を言っているのか一つも理解できないぐらいには、静かに動揺する。
 どうしよう、慧太とまったく似てないこの感じ。対処法がまったくわからない。



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