「……うみ?」

 けーたがあたしの顔を覗き込んでくる。
 怒ってんの?と訊いてくるので、怒ってるよ、と怒った声で答えた。

「なんで?」

 なんでって。

「だって、せっかく唯太くんと秋吉くん来てくれたのに、けーたのせいで帰っちゃったよ」
「いいよ、べつに」
「なんでそんなことゆうの?友だちでしょ」
「だって、俺は今日ほんとはおまえと二人でいたかった」
「……なんで、そんなことゆうの?」
「嫉妬するし」
「……友だちでしょ」
「わかんねえよ、おまえには」

 ちっともわからない。けーた、なんでそんなことゆうの。
 切なげにかすれた声で、そんなこと言わないでほしい。一層強く抱きしめられても、離してって、あたしもう言えなくなる。

「……けーた」
「ん?」
「すき」

 言ってしまって、とてつもなく負けた気分。自然と顔がむっとなるのが自分でわかる。

「一番?」

 けーたが、また顔を覗き込むようにして、あたしを見た。

「一番好き?俺のこと」
「……いちばん」
「ん?」
「……いちばん、すきだよ」
「もっかい言って」
「……」
「言ってよ」
「……けーたのこと、一番すき」

 わけもわからず泣きそうになりながら口にすれば、けーたの目がいとしそうにあたしを見つめてくる。
 酔ってるから、そう見えるのかも。甘ったるい茶色のひとみ。

「いいこ」

 ささやかれる。そして、まるでごほうびみたいなキスをされる。
 あたしはけーたがわからない。
 さっきまで大きな子どもみたいだったのに、今そんなけーたはどこにもいない。




「けーた、朝だよ」

 朝ごはんの時間だ。
 素っ裸に布団をかぶったけーたの体をバシバシ叩く。唸りながら、けーたが薄く目をあけた。

「……なんじ?」
「9時。あたし今日11時からバイトなので、早く食べてください」
「勝手に食べれよ……」
「もう、けーたの分もパンをトーストしてしまったよ。冷めたらメシマズだよ」
「いいよメシマズで……」

 いつもの朝だ。いつもの朝で、いつものけーた。
 渋々ベッドから体を起こして、不機嫌な顔で、これからあたしといっしょに朝ごはんを食べる。昨夜のことなんて何もなかったみたいに。わかってたけど、ちょっとむかつく。
 なので、ほんとうは聞きたくなかったのに、思わず聞いてしまった。

「けーた、おぼえてる?昨日のこと」

 ベッドの縁に手を置いて、けーたを見上げて、あたしは聞いた。
 着替えていたけーたが、あたしに目をやった。でも特に何も言わずに黒いスウェットを頭からかぶって、腕を通す。その様子をまじまじと見つめていたら、

「……一番好き?」

 とだけ言って、いじわるな微笑であたしを見た。
 質問に疑問形で返してこないでほしい。あたしはむっとする。

「その前は?」
「秋吉ひっぱたいた」
「そのあと」
「忘れた」
「そうなの」

 なんて都合のいい記憶喪失。
 着替えを済ませて、あたしを残してさっさと寝室を出てゆく。あたしは立ち上がり、駆け寄って、その背中に抱きついた。

「すげーすき」

 けーたが、恨みがましい目をあたしに向けた。思わず笑う。

「けーた、また4人で飲もうね」
「……いやだ」
「せいぜい嫉妬するがいいよ」
「……もう俺酒飲まない……」

 禁酒宣言をして、絶望的なため息を吐くけーたがおかしくてたまらない。むふふ、と笑いながら、あたしはけーたのくっつき虫になる。
 すがすがしい朝である。



15.2.20



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