唯太くんと秋吉くんがお酒とおつまみしか入っていない袋をお土産に、部屋にやって来た。
何度目かの4人で宅飲み。
夜の10時をまわった頃。あたしは、缶チューハイをちびちびやりながらテレビをぼんやり眺めていた。体がぽかぽかしていて、いい感じに酔いがまわっている。
ほろ酔いの最中、突然それははじまった。
「は?なんでそうなるわけ?」
「はあ?今のは完全におまえのせいだろ」
「慧太何様?ジャイアンなの?」
「誰がジャイアンだコラ」
喧嘩、勃発。
けーたと秋吉くんである。ガタッと立ち上がったかと思えば、お互いの胸ぐらをつかんでメンチ切ってる。一触即発。
どうしてこうなった。さっきまで二人仲良くヤンマガ見ながらグラドルのおっぱいがどうのなどと(女子が目の前にいるとゆうのに)(疎外感をおぼえたのであたしはテレビを見ていた)盛り上がっていたはずなのに。男ってわからん。
こういうとき、頼れる仲裁役の唯太くんはいない。電話と、ついでに煙草吸ってくると言って、今は外にいるのだ。
呼びに行くべきかどうか迷っていると、パーン!と、とてもいい音が部屋に響いた。発砲音かと思った。もしかしなくても、けーたが秋吉くんをひっぱたいた音だ。
「けーた!」
なんですぐ手が出るの。
あたしは慌てて、けーたの体にうしろから抱きついた。
「けーた、だめだよ!」
「うみ……」
「前にもゆったでしょ!人を殴ったら傷害罪だよ!パクられてしまうよ!」
「……ごめん」
「えっ」
「えっ」
秋吉くんと声がかぶった。かと思えば、くるっと体の向きを変えたけーたが、ぎゅっとあたしを抱きしめた。突然のハグ。
「むぐぐ。けーた、く、苦しいよ」
「うん」
「う、うんじゃなくて、離してよ」
「離したらおまえどっかいくじゃん」
「人のこと猫みたいにゆわないでよ!もう、けーた酔い過ぎだよ!あとで黒歴史になるよ!」
けーたの腕の中でもがきながら叫ぶ。すると、ぴったり密着したお互いの体に、少しばかり隙間ができた。
一瞬緩くなった拘束は、だけど、あたしを逃がすためじゃなかった。
「っん」
背中にあった腕が腰にまわって、ぐっと引き寄せられた。そして、ちゅっと、された。
あ。と思ったときには、あたしの目の前にはけーたの熱っぽい顔。言葉を失った沈黙のままに少しの間見つめ合い、けーたは再びあたしを腕の中に閉じ込めた。
呆然。
……あれ?あたし、なんでちゅーされたの?なんで今ぎゅっとされてるんだっけ。そもそもあたしは、けーたと秋吉くんの喧嘩を仲裁しようとしていたはず……。
ハッとして、ぎこちなく顔を動かすと、秋吉くんといつのまにか戻ってきていた唯太くんが、そそくさと帰り支度をしているところだった。
「僕たち帰るね」
上着を着て、唯太くんが言った。
「それじゃ、お邪魔しました」
「え”っ」
「お邪魔しました〜。海未ちゃん、バイバーイ」
最後、秋吉くんがにこにこしながらさわやかに手をふってみせた。
「そ、そんなご無体な……」
呟きもむなしく、玄関のドアはバタンと閉まった。二人の足音が遠ざかってゆく。それもすぐに聞こえなくなり、残されたあたしの耳に届いたのは、どこかの家の犬の遠吠え。
二人とも、ほんとうに帰ってしまった。
「……けーたのせいだよ」
恨みがましく言う。おおきなくっつき虫。離してくれる気配すらない。
あたしは今さらじわじわと恥ずかしさがやってきて、もう胸がいっぱいだった。
ああ、二人の目の前でちゅっとされてしまった。泣きそうだ。
「けーたのばか」
「うみ」
「……なに?」
「好きだよ」
「……」
「すげえ好き」
あたしは、思わずうつむいた。くちびるを噛む。なんとも言えない気持ち。
けーたは、酔ってる。だって酒臭いし。からだ熱いし。酔っぱらい以外の何物でもない。
だから、きっと朝になったらキレイさっぱり何もかも忘れてしまうのだ。あたしが「昨日のことおぼえてる?」と訊いても、「なにが?」とか、しれっとゆうのだ。きっと、そうだ。酔っぱらいの戯言とゆうやつ。
だからこんなのに、きゅんとしちゃ、だめだ。