「あたしって、笑うと子どもみたい」
ゴンドラが、俺たちを地上から少しずつ離していく。橙と藍が混ざったような色の空へ、少しずつ近づいていく。
俺のスマホで、昼に撮ったミミーちゃんとの写真を見つめながら、海未が言った。
「みたいって、子どもじゃんおまえ」
「子どもじゃないし」
「よく言うよ」
アトラクションや着ぐるみに思いっきりはしゃいでたくせに。
けーたも写ればよかったのに、という海未の言葉を無視して、ゴンドラの窓から夕暮れの空へ目をやった。
観覧車に乗るのいつぶりだろうな、とぼんやり考えた。
「あたし、観覧車のるのはじめて」
俺の思考を読んだように、海未が言った。
「マジで?今まで一回もないの」
「うん」
「ふうん……」
「あ、見てけーた、海が見えるよ。きれいだね。それに人もゴミのようだよ」
「……こわい?」
「?ううん。……もしかして、けーたこわいの?そうなの?」
「こわくは、ないけど」
歯切れの悪い俺の言葉に、海未がきょとんと小首をかしげた。
ああもう、じれったい。俺は、自分の隣の空いた空間を指でトントンと叩いた。
「こっち、おいで」
「……」
ほら、と手を差し延べると、おずおずと俺の掌に小さな手が乗せられた。その手を掴んで隣に座らせる。
「……か、傾いちゃうかな。そうかな」
「なに緊張してんだよ」
「し、してないし」
そんなもじもじしながら「してない」と言われても。
手を足の間に入れて、体を縮こめるように小さくなる海未。連れてこられた子猫のような姿に内心で笑いながら、自然な流れで海未の肩に手を回すと、電流でも走ったかのようにビクッと震えた。想定外の大袈裟な反応にこっちまで動揺して、思わずふれた手を離してしまう。
「……そんな怯えんなよ」
行き場を失った左手を戻しつつ、地味にショックを受けたことは、言わないでおく。
「お、怯えてないよ。ちょ、ちょっと、びっくりしただけ……」
「……じゃあ、さわっていい?」
「……」
うつむいたまま無言で頷いたのを見て、さっきよりも気持ちやさしく肩にふれる。海未はおとなしい。今度は感電したみたいにビクつくこともなく、とりあえず安堵した。
ってなんだこれ、中学生の初デートじゃないんだから。
今更何をそんなに緊張しているんだか知らないが、いつまでもこっちを見ない海未にまたじれったさを覚え、うつむいた顔を覗き込んだ。
「……あ、あのね」
「……うん」
「こ、こないだ読んだ漫画でね、恋人たちが、観覧車にのってたよ」
「……それで?」
「そ、それで、……ハッ、先週借りた映画にも、恋人たちが観覧車で……あわわわ」
「キスしてた?」
答えも聞かないで、口を塞いだ。
「……けーた」
「ん?」
「まだ、てっぺんじゃないよ」
「……またすればいいじゃん」
「情緒がないよ」
「なんだよ情緒って」
どこだっていいよ。そう言ったら、むっとした目で見上げてきた。
あ、やっとこっち見た。
「海未」
「なに?」
「誕生日、おめでと」
「……」
海未は、一瞬目をまんまるくさせたと思ったら、すぐにまたむっとした目に戻って睨むように俺を見てくる。
「なにその顔」
「なんで、今ゆうの?」
なんでって。
「べつに、今言いたくなったから。言わないほうがよかった?」
「……だ、だって」
「なんだよ」
「だって、けーたこうゆうとこ好きじゃないじゃん。なのに、今日急につれてきてくれたから、もしかしてそうなのかなって思ってたけど、でも、そんなこと恥ずかしくて聞けないじゃん」
「……」
「ず、ずるいよ。けーた、なにも言わないから……」
悪かったな、ずっとタイミング見計らってたんだよこっちは。
なんてこと、馬鹿正直に言えるわけもなく。
「今日、楽しかった?」
肩に回した手。空いたもう片方の手は、指を絡めて、離れないように繋いでおく。
海未が、照れくさそうに頷いた。
「ありがと」
終わりかけの8月30日。
夕陽みたいに赤い頬を撫でて、もう一度、今度は少し長いキスをする。
「あ。てっぺんだよ、けーた」
「うそ」
14.8.30