沖より少し手前まで来た。周囲の人影はまばらで、距離も遠い。なんだかやっと二人になれた気がする。
 あんなに浮き輪でぷかぷかしたいと言っていたのに、いざ海面に浮かんだ海未はちょっと不安そうな顔をしていた。

「なにおまえ、怖いの?」
「だ、だって、足がつかないよ」
「だってぷかぷかしたかったんだろ」
「そ、そうだけど…」

 そのとき、少し大きめの波がやってきた。それが浮き輪ごと海未の体をゆらりと揺らすと、反射的な動きで小さな手がぎゅっと俺の腕を掴んだ。

「怖がりすぎだろ。大丈夫だよ、俺は足ついてるし」
「……けーた、泳げるの?」
「泳げないけど」
「!?」
「嘘だよ、ちょっとは泳げるよ。たぶんな」
「たぶん!?」

 海未には悪いが、不安そうにずっと俺の腕を離さないのが可笑しくて、ちょっと可愛い。ついからかいたくなるけど、まああんまり怖がらせてもあれだし、と、海未の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「大丈夫だよ。置いてったりしないから、な?」
「……うん。ねえ、けーた」
「ん?」
「あのね、今日はじめてちゃんとけーたといっしょにいられた気がするよ」
「……」

 ついさっきまで怒ってたくせに、急に素直になる。照れくさそうにはにかんだ顔を見て、ちょっとはこっちの気持ちを考えろよ、と思う。
 ついでに言うなら、絶対海未より俺のほうがそう感じている自信がある。

「…海未」

 名前を呼んで、海未の後頭部に手を回した。ぐっと引き寄せると、当然のように浮き輪ごと近づいてきた。思わず眉が寄る。抱きしめたいのに、どうしても完全に埋まらない距離がとんでもなく焦れったい。
 眼前では、そんな俺をまんまるの目がきょとんと見つめてる。

「……あのさ」
「なに?」
「一瞬浮き輪とっていい?抱っこしてやるから」
「やだよ、こわいよ」
「じゃあ浜戻るか」
「もう?まだぷかぷかしたばっかだよ」

 まあ浜戻っても秋吉と唯太いるしな、と思うと、何とも言えない気持ちになる。だから今日も四人とか正直乗り気じゃなかったんだよ。

「けーたけーた、浮き輪くるくるしてください」
「……」

 そんな俺にはお構いなく、遊ぶスイッチが入ったらしい海未が子どものように催促してくる。
 せっかくちょっといいムードになったと思ったのに、このアホ猫はどこまでも空気を読んでくれない。

 結局、海未が満足するまで存分に遊ばせてやった。ようやく浜に戻って、海未が「楽しかったね」と言ったけど、俺完全に付き添いだったし、海未も海未でぷかぷか浮かんでいたり、浮き輪をくるくる回されたりしていただけの何がそんなに楽しかったのかわからない。

「けーた、なんで不機嫌な顔してるの?」
「……なんかすげえ疲れた」
「戻ったらみんなで海の家に行こうね。あたし、焼きもろこし食べたい」
「俺とりあえずビール飲みたい」
「もう寄り道しちゃダメだよ」
「した覚えねえし、おまえも、ふらっとどっか行くなよ」
「うん」

 いかないよ、と言って、繋いだ手が俺の手を握った。

 パラソルへ向かう途中、来てよかったね、と海未が無邪気に笑った。
 少し日に焼けたその笑顔を見たら、ああなんか、それでもう充分だとか思ってしまうのだから、救えない。

 最初から最後まで、結局どこまでも絆されてる。



14.6.30



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