今日はやたら寒かった。一度眠ったのに、またすぐに目が覚めた。
音のしない早朝。ベッドには、俺しかいなかった。
「何してんの」
リビングの窓に、ミノムシが張りついていた。背後に寄って、頭を小突く。
海未はちょっとだけ俺を見上げてから、またすぐに窓の外を見る。何も言わない。寝癖の髪で、体に毛布を巻きつけて、視線は窓の外。
「…何見てんの」
吐き出された息は白い。俺の声は、さっきよりも低い。
「雪、ふってる」
小さな声で海未が言う。まるで独り言のように聞こえた。実際海未は俺を見ないままだった。
雪、と思って、海未の後ろから窓の外を見た。そこは白い景色だった。音もなく、外は季節外れの雪が降っていた。
バイトの帰り道、確かに湿っぽいようなにおいがしていたと思ったが、もう3月も下旬なのに、気が滅入る。冬は長くて嫌になる。
じっと窓の外を見ている海未。
雪が降るのなんて、見ていて何がそんなに楽しいのかわからない。毛布に包まれた小さな背中を見ていると、何だか苛々した。冷たい窓にふれた指先は、少しだけ赤くなっている。
「海未」
少し屈んで、後ろから抱くようにする。
「また、熱出るぞ」
腕の中で小さく頷くけど、きっと何もわかっていない。
じんわりと体温が伝わる。ひそやかな呼吸が聞こえる。海未はじっとしている。
やがて、あのね、と口を開いた。
「夢を、みたんだよ」
「…夢?」
「あたしは部屋の中にいて、それで、どんどん取り残されていく夢だよ。誰かを待ってるんだけど、でも、どんどん誰もいなくなって、ひとりぼっちになる夢」
「……」
「たまに見る夢だから、べつにだいじょうぶだけど」
泣きそうな声というわけではなかった。だけど、迷子の子どもみたいに不安でいっぱいの声で、べつにだいじょうぶ、なんて言う。
「…それ、雪見てると落ち着くの?」
俺が聞くと、海未は少しだけ考えるようにしてから、わかんない、と言う。わかんないって。曖昧な答えに呆れた振りをしながら、俺は少し安堵する。
「けーた」
「うん?」
「雪、積もったら、雪だるまつくる?」
「…やだ。寒いし」
腕の力を少し強くすると、海未がそっとふれてくる。
「海未」
名前を呼ぶと、俺を見上げる。大きな焦げ茶色の目が涙の膜でゆらゆらとゆれていて、そこに俺が映っていた。何も言わない。何も言わないで、こっちに体を向けると、ぎゅっと抱きついてきた。毛布が足元に落ちたけど、拾わない。
俺は海未を抱き上げた。海未が俺の肩口に顔を埋めてくる。すん、と鼻をすする音。
「…けーた」
しばらく抱きあったままでいると、耳元のところで海未が言う。涙の混じった声で。
「こうしてると、ふたりぼっちみたいな気持ちになるよ」
俺は、なにそれ、と笑った。すると海未は、けーたのばか、とかなんとか悪態をつく。俺に抱っこされたままでいるくせに。
海未を抱っこして、また寝室へ戻った。シーツに潜って、そのまま小さな体を抱いた。
雪なんか見なくていいし、雪だるまなんか作らなくていいから、今日はずっとこうしていればいい。
13.5.5 BGM:『our music (vo+pf)』/相対性理論+渋谷慶一郎