波に揺られながら浮き輪でぷかぷか海に浮かぶのが、ささやかな夢だった。
 唯太くんが浮き輪をふくらませている。ゆっくりとふくらんでゆくそれを見て、あたしのささやかな夢も期待でふくらんでゆく。

「唯太お父さんガンバレ!海未ちゃんの夢のために!」
「(秋吉うるさい)」
「なんかテレパシーきたんだけど」
「唯太くん唯太くん、あたし代わろうか?」
「(いや大丈夫だよ、もうちょいだから)」
「テレパシーがきたよ」

 日射しがたっぷり降りそそぐ砂浜。波打ち際の砂を少し掘ってみると、見たことのない小さな虫が顔を出した。思わぬ初対面にあたしは固まる。

「海ー未ちゃんっ!なーにしてんの?」
「秋吉くん見て見て、砂掘ったら謎の虫が出てきたよ」
「あー、こいつたぶんヒメスナホリムシだよ」
「そうなの?秋吉くん詳しいね」
「俺前に海来たときにこいつに噛まれてさあ、キモくてウィキで調べたもん」
「キモいのに調べたの?ところで秋吉くんの水着にポケットついてる?あたしの水着ポケットないし、今日は空きビンも持ってきてなくて…」
「えっ、ついてるけど。ねえちょっと待って海未ちゃんその意味深な手のひらなに?今その手でなに掬ったの?俺のポケットになに入れるつもりなの?」

 なにかを察したらしい秋吉くんがあんまり青い顔で後ずさるので、採集はあきらめることにした。名残惜しみつつ、手のひらの小さな虫を砂浜に返した。

 秋吉くんと浅瀬で水遊びをしてまたパラソルのところに戻ると、唯太くんと美しくふくらんだ浮き輪はいたけれど、けーたの姿はまだなかった。
 けーたは、またもやジャンケン選抜で選ばれて買い出しに行っていた。

「唯太くん浮き輪どうもありがとう。けーた、まだ戻らない?」
「いいえ。もう来るよ、そんなに遠くに行ったわけじゃないし」
「つってまた迷子になってるかもね、去年の夏祭り然り。したら唯太また探しに行かなきゃ」
「や、もう次はないな。慧太くん今度戻ってこない場合は強制的に迷子放送するから」
「やばい唯太お父さんが厳しくなってる」

 去年の夏祭り。そういえばあのとき、けーたが途中でいなくなったのだったっけ。あたしは一年前の夏の景色を思い出す。
 みんなで夏祭りに行った日、ふり向いたらいつのまにかそこにいたはずのけーたがいなくて、あたしは置いてけぼりにされたように不安になったんだっけ。
 そしていなくなったと思ったら気まぐれに現れて、あたしにわたあめをくれた。
 無愛想なけーたに似合わない、袋にかわいい猫のキャラクターが描かれたやつだった。

 あのときはまだ、けーたはあたしのことを拾ってきた猫みたいに扱っていたな。今だってむっとすることは多いけど、でも、まなざしやふれる手の温度は、あのときとはたしかに違うように感じるのだ。
 それに、変わったのは、きっとあたしだってそうだ。
 ほんの一年前なのに、あの日からずいぶん遠くまできたような、不思議な気持ちになる。

 けーた、早く戻ってこないかな。早くいっしょに海で遊びたいな。
 そわそわしながら砂に猫の絵を描いていると、隣にいた秋吉くんが、あっと声をあげた。

「秋吉くんどうしたの?」
「いや、慧太帰ってきたと思ったら……」

 首を伸ばしている秋吉くんの言葉の続きが出てこない。あたしと唯太くんはお互い顔を見合わせる。
 けーた、帰ってきたの?
 あたしも首を伸ばして、秋吉くんが見ている場所を見ようとする。すぐに視線の先にけーたを見つけた。そして、あ、と思った。
 少し離れた砂浜で、片手にビニール袋をさげたけーたが、見知らぬ女の子二人となにやら話している姿が見えた。

「唯太お父さーん。どうしよう、うちの不良息子が逆ナンされてる」
「あー、ほんとだ。まあ慧太のことだからスルーしてすぐこっちくるよ」
「あはは逆ナン慣れとか腹立つ」
「………」
「あ、あれ?海未ちゃん?」
「海未ちゃん大丈夫?瞳孔が開いてるけど」

 なんでなの。なんで見知らぬ女の子たちと話してるの。
 熱いような冷たいような黒いような、なんだかわからないけどとにかくよくないもの、負の感情が、あたしのなかでふつふつと沸き上がってくるのを感じた。

 今日はせっかくはじめての水着で、けーたちょっとは褒めてくれるかと思ったのに全然だし、褒めるどころか目をそむけるし、パーカー着ろなどと言うし。挙句の果てにちょっと目を離した隙に見知らぬ女の子たちと話しているし。
 けーたのばか。あたしけーたと遊びたくて待ってたのに、ひどいよ。
 どちくしょう!

「あっ!海未ちゃん!?」

 気づいたら、あたしはかけ出していた。
 ビーチサンダルを履くのも忘れて、はだしで、夢中で熱い砂を蹴る。

 ねえ、そんなサングラスなんかかけてるから、声かけられるんだよ。
 ちゃんとあたしのこと見てよ、けーたのばか。



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