side:Keita
真夏の空の下を車で走っていた。
「走る雲の影を〜!飛び越えるわ〜!」
「夏のにおいー追いかけてー」
車内ではJUDY AND MARYの『over drive』が流れている。だけど後部座席からのほとんど叫ぶような声と激しく音程のズレた声のせいで、もうボーカルの声が聴こえたもんじゃない。
赤信号で車を停止させたついでに、後ろを振り返った。
「おまえらうるせーんだよさっきから!静かに乗ってろ!降ろすぞ!」
「静かに乗ってどうすんの!?こういうのは賑やかにいくのがふつうじゃん!ねー、海未ちゃん」
「けーたチンピラみたいだよ。そのサングラスが余計にチンピラみたいだよ」
海未の発言に、海未の隣に座る秋吉がブハッと噴き出した。
誰がチンピラだアホ猫。これかけてないと日射し眩しくてくしゃみ出るんだよ。いつもなら即デコピンしてやるのに、俺は運転席にいるので、位置的にできない。
そうこうしてるうちに信号が青にかわり、アクセルを踏んだ。あとで車降りたら覚えてろよおまえらマジで。
海に行きたいな。
海未がテレビを観ながらポツリと呟いたのは、つい先週のことだった。
そのときテレビでは旅番組が流れていて、ハワイの青い海が画面越しからでも眩しかった。
「海あるだろ。アパートから徒歩二十分」
飲んでいた缶チューハイから口を離して言えば、海未がふるふると首を横に振った。
「あそこは遊泳禁止だって、前にけーたゆってたじゃん。あたし、泳げる海に行ってみたいよ」
「泳げんのおまえ」
「泳げないけど」
声が小さくなった。海未は、つまらなそうに着ているTシャツの裾を引っ張ったりする。
「泳げないけど、でも行ってみたい」
そして口を尖らせて、俺を見上げてくる。もしかしてねだられているんだろうか。
海か、と考える。
この辺で遊泳ができる海は、たしか電車で一時間程度の場所にあったっけ。今から泊まりは予約がとれるか怪しいし、でも日帰りだとしたら帰りの電車はだるいな。海未寝そうだし。車で行けたらいいかもしれないが、俺免許とってからろくに運転してないしな…。
などと思考をめぐらせていたとき。
「いいね、海」
スローテンポに呟いたのは、そのときたまたま家に遊びに来ていた唯太だった。
「じゃあ行こうよ、海!」
当然の流れであるかのように提案したのは、そのときたまたま唯太と一緒に家に遊びに来ていた秋吉だった。