甘ったるいバラの香りがする。
 浴槽から溢れてしまいそうな泡の中で、海未の目がキラキラと輝いてる。
 
「けーた、けーた」
「…なに?」
「あわあわだね」
「うん」
「すごいね」
「…よかったな」

 無邪気ににこにこして、子どもか。
 海未はとても嬉しそうな様子で、手で泡をすくい、それにふっと息を吹きかけた。手のひらの泡から細かいシャボン玉が飛び出して、瞬く間に消える。新しく泡をすくい、また息を吹きかける。
 海未がそんな無邪気な遊びを繰り返すのを、妙に穏やかな気持ちで眺める。お互い裸なのに、ここがラブホだということさえ忘れそうになる。

「ふふふ」
「…楽しい?」
「うん」
「あそう…」
「……けーた」

 なに、と答えるつもりで口を開いたのと同時に、海未が手のひらいっぱいの泡に息を吹きかけた。俺に向かって。

「ちょ…何してんだばか」
「むふふ。けーたヒゲついてるよ」
「誰のせいだよ。あー、ちょっと口ん中入った…」

 わりと盛大に顔についた泡を手で拭う。いたずらな笑い声が浴室に響く。
 ああ、ずいぶん楽しそうだな。
 横目に見た海未の笑顔があんまり無邪気で、俺はちょっとイラついた。
 僅かにあった距離を詰める。手首を掴むと、海未がギクリとした顔をする。動揺にゆれる目を見たら、少しだけ気分が良くなった。
 顔を覗き込むように近づけると、海未は目を伏せたが、構わずにそのままキスをした。

「ん、…ふ」

 濡れた音しか聞こえなくなった浴室。キスをしながら、空いた片方の手で胸を愛撫する。ぴくっと華奢な肩がゆれる。しかしそのわりに、海未の体はいつまでも固いままだった。
 顔を離す。見れば、海未はうつむく。俺のことを見ないでいる。

「…海未?」
「……」
「こっち見ろよ」
「……」

 低く言えば、ぎこちない動作で顔を上げるが、相変わらず目が合わない。さだまらない視線。ほっぺたがずいぶん赤いので、もしかしてのぼせたのかと疑う。

「なに、のぼせた?」
「…ちがう、けど」
「けど、なに」
「……ここでするの?」

 困ったように、一層小さくなった声が言う。

「…やなの?」
「……や、じゃない、けど…」

 どうやら、ここでする、という発想がなかったらしい。
 さっきまで無邪気にはしゃいでいたくせに、もうすっかりおとなしくなって追いつめられた子猫みたいになってる。

「べつに最後まではしねえよ。…狭いし」
「けーたなんで笑ってるの」
「笑ってない」
「笑ってるじゃん」

 何故かちょっと泣きそうな声に、なんとなく黙る。
 少しの沈黙の後。試すように、海未、と呼んでみる。

「おいで」
「……」

 そっと見上げてくる。生意気な目をして、でも結局くっついてくるのだから、かわいい。
 いい子、と思い、濡れた髪をなでた。

 やわらかい裸の胸があたってる。そこを無性に噛みたくなって、隠す泡が、少し邪魔だった。





14.1.29



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