午後3時という微妙な時間帯のファミレスは、案外混みあっていた。見渡すと私服姿の若者しかいない。平日なのに。あ、夏休みだからか。

「今は夏休み?」

 知り合い一人くらいいそうだな、とか考えながらぼんやりしていたら、不意に質問されて一気に我に返った。

「あっ!はい、そうです。俺今日はほんとは友達と遊ぶ予定だったんですけど、ドタキャンされちゃって。それでなんとなくタワレコ寄ったら、来栖さん見かけて、あれ?って思って……それで、その、つい声かけちゃって……あははは……」
「……そう」
「……」
「……」

 うわあ気まずい。すごい気まずい。こんな気まずいの俺はじめてだよ。岡部さんにフラれてからはじめてシフト一緒になったときもここまで気まずくはなかったよ。
 自業自得だというのに既に泣きそう。ああもう、今日ミーちゃんがドタキャンしたせいだ。明日昼休みに購買でなんか奢ってもらおう。あっ、夏休みだった。

 来栖さんは、何故俺の勢い余った誘いなんかに乗ってくれたのかわからない程度には無口だった。すごくクールで、なんというか、とりあえず俺の友達にはいないタイプなので、困った。自業自得だけど、うん。
 ああ、岡部さんって普段、来栖さんとどういう会話してるんだろう。……あっやばい、そんなこと考えたら泣きたくなってきた。運ばれてきたアイスコーヒーをミルクも砂糖も入れないで流し込む。

「……あのさ、」
「えっ!?」
「え?」
「あっ、す、すいません、びっくりして……。何ですか?」
「や……あのさ、海未、レジとかちゃんと打ててる?」
「えっ?」
「なんか仕事とかできてんのかなって……未だに謎で」
「あはは、そんな、ふつうですよ。岡部さん真面目だし」

 えええ、びっくりした。神妙な顔して何聞かれるかと思った。
 でも、緊張の糸が少しだけ緩んだ気がした。黙ってると恐いけど、話したらけっこうふつうかも。

「……あのう」
「なに?」
「来栖さん、よく俺のこと覚えてましたね。話したこともなかったのに」
「ああ、覚えてたっつーか……海未からバイトの話たまに聞くから。それで、さっき声かけられたとき、なんとなくそうかなって」
「あ、そうだったんですか……」

 もしかして、来栖さんは俺とはじめて会ったときのことを覚えていないのかな。

「日向くん、だっけ」
「えっ?は、はいっ!」
「あいつ、海未、ちょっと抜けてるとこあるけど……これからもよろしくしてやって」

 突然そんなことを言われた俺はただポカーンとするばかりで、でも来栖さんの言葉を反芻させていたら、途端に涙腺がじわっと滲んだ。
 ううっと手で目を覆ったら、当然来栖さんがぎょっとしたのがもう目を覆っていてもわかった。

「え、なに?悪い、俺なんか言った?え?」
「うっ、す"い"ま"せ"ん"……。そんなこと言われたら俺、なんかうれしくて……ううっ」
「悪い、何言ってるかわからないんだけど」
「来栖さんのこと、ずっとこわくて、正直絡みづらいとか思っててすいませんでした……」
「…………ああうん、いいよべつに。よく言われるから」
「でもでも、話したらすごくいい人だし、だからほんとうれしくて……すいませんごめんなさい……うううっ」
「わかったから、とりあえずここで泣くのやめて」

 そもそも俺が奢る話だったのに、来栖さんがいつまでもぐずぐずしている俺の分までまとめて会計を済ませてくれた。
 ファミレスを出る頃、時刻は午後5時を少し回っていたけれど、空はまだ明るかった。

「ごめんなさい……。無理矢理誘った感じだったのに何故か俺が奢ってもらっちゃって」
「いいよべつに、コーヒー二杯分だし」
「次はぜったい俺が奢りますね!」
「うん、いやもういいよマジで」
「……あれ?来栖さん、なんか足りなくないですか?」
「いやもう腹いっぱいだから、いろんな意味で」
「そうじゃなくて、なんか身軽になってません?あれ?」

 来栖さんの足がはたと止まる。しばらく棒立ちになってから、来栖さんがものすごい真顔で呟いた。

「ギター忘れた」

 言って、陸上部みたいな瞬発力で、来た道をダッシュしていった。その勢いがよすぎて、俺はまたしてもポカーンとなる。
 そういえば、ギターのことは何も聞けなかったな、などと棒立ちになりながら、俺は少し後悔した。
 また今度会うときに聞こう、と思う。



13.8.13



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