8月の午後、真夏の灼熱に耐え兼ねて立ち寄ったCDショップで、見覚えのある姿を見つけた。
新譜コーナーの前でCDケースを手に、それを裏返したりしながら眺めている。細身で、少しくすんだ色の茶髪の若い男の人。
目に留まった瞬間こそ、あれ?くらいだったけれど、彼の背中にあるギターケースを見たら、それで、あっと思った。
「あっ!」
あっ、やばい、そのまま声に出ちゃった。しかもかなりでかい声出ちゃった。
逃げる余地もなかった。彼が驚いたように顔を上げ、こっちを見た。完全に目が合ってしまった。うわあ、どうしよう。俺、この人と話したことないのに。
「こ、こんにちは……」
とりあえず曖昧な笑顔で挨拶をしてみた。警戒した目で、こちらの様子を窺うような彼の視線が痛い。
「……どうも」
睨まれているような心地の中、挨拶を返されたことにとても驚いた。それも会釈付きで。ふつうに無視されるかと思ったのに。
「あの、わかりますか?僕のこと」
「コンビニの……」
「えっ!」
「海未の、バイト先の……ですよね」
驚いた。びっくりした。俺のことを覚えていた。数ヶ月前に、ほんの一瞬顔を合わせただけなのに。
「じゃあ……」
「あああ待って!あの!よかったらこれからお茶でもどうですか!?僕が奢りますから!」
「は?」
去ろうとした彼を勢い余って引き止めたら、そこではたと自分の変なテンションに気がつく。ついでに、奇異なものを見るような周囲の視線にも気がつく。
……あれ?なんで俺、彼をナンパしてるみたいになってんの?
どれだけテンパっていたのだろう、数十分前の俺は。勢いってこわい。
まともに口を利いたことすらなかった、片思いしていた相手のカレシ(ほぼ赤の他人)とさしでファミレスってどういうことなの。
「えっと、コーヒーだけでいいんですか?」
「ああ、うん」
「あ、じゃあ、アイスコーヒー二つで……」
「かしこまりました〜」
注文を終えて、怪しまれない程度に俺は向かい側を見やる。重たそうな、存在感のあるギターケースをソファに立て掛けて、視線はどこを見るでもなく、こんなよくわからない状況に置かれながらも落ち着いてみえる。
ここに来る道すがらで、名前諸々を聞いた。
来栖さん。年は22歳。学生に見えなくもなかったけれど、フリーターらしい。ダイニングバーに勤めているのだそう。
さりげなく来栖さんの両耳のピアスを数えてみたら、窺える限りでは六つもあった。軟骨につけるのとか痛そう……。