ここ数日。友人の様子がおかしい。
(extra)1:10 am
バイトの休憩中だった。この日休憩が重なったので、慧太と二人でバックルームに引っ込んでいた。
バックルームには80年代のUKロックが流れているが、それよりも、テーブルを跨いで俺の向かい側に座っている慧太の靴の踵を鳴らす音がよく響いている。
俺は漫画雑誌(たぶん店長の)に目を落としてはいたが、カツカツカツと、靴の音があんまりよく響いてくるから全然集中できない。
「慧太」
「なに」
「うるさい」
「……」
音がやむ。バックルームは控えめな音量のUKロックが流れるだけになる。だけど相変わらず消えないのは、慧太からの落ち着かない空気。
「……唯太」
しばらくして、慧太が俺を呼んだ。雑誌に落とした目を上げないまま、おざなりに返事をする。
「なに?」
「……」
「……」
「……やっぱいい」
はあ、と聴こえてきたため息。ため息吐きたいのは僕なんですけど。
ここ数日、慧太の様子がおかしい。俺に何かやましいことでもあるのか知らないけれど、ものすごく何か言いたげな様子なのに、決心がつかないのか、言ってこない。おかげでこっちは数日気持ちが悪い。俺、いちおう秋吉よりは気が長いほうだとは思ってるけど、もうそろそろいい加減ほんとうに気持ち悪い。
「慧太、なに?」
「なにってなに」
「いや、なにってなにじゃなくて、俺に何か言いたいことあるんじゃないの?ここ5日ぐらいの慧太すごい気持ち悪いんだけど」
「……言いたいことっつーか……」
慧太は気まずそうに、いや、言葉に迷うような難しい顔で、うろうろと視線を右往左往させる。そして、たっぷり間を置いてから、やっと視線が落ち着いた。たっぷり3分間ぐらい。カップ麺でも作ってればよかった。
「……あのさ、」
「うん」
「どこ行ったりすんの?」
「うんごめん、とりあえず主語をつけてから質問してください」
「……だから、カノジョと、どこ行くのかって話」
途切れ途切れの慧太の言葉を咀嚼するように考える。
「もしかして、デートの話?」
「……そう」
なんとなく拍子抜けた。ずっと落ち着かなそうにして、俺に訊きたかった内容がそれだったのか。まあいいけど。
「んー、どこってべつに、そこらへん」
「そこらへんってどこらへんだよ」
「飲み屋とか、TSUTAYAとか?」
「……」
「二人して出不精だからな。ああでも、この前あそこ行った」
「どこ?」
「熱海」
「……」
「あ、ごめん。そういえばお土産買ってくるの忘れた」
「……」
ああ、そうか。
慧太が黙るのを見て、俺はようやく理解した。質問の真意を。
「なんか参考にならなくて申し訳ない。俺に聞くより、るるぶとかウォーカーとか読んだら?」
「もう読んだ」
「読んだんだ」
理解したらしたで、なんだかとても微笑ましい気持ちになってくる。目の前でむずかしい顔をしている友人には申し訳ないけれど。気持ち悪いとか言ったりしてごめん。
そっか、まだ海未ちゃんとデートしてなかったんだな……。
「……なに笑ってんだよ」
「や、シュールだなって思って」
「シュール言うな」
高校のとき、それこそ知り合って間もない頃は、俺は慧太のことをクールだなあと思っていた。無関心というか、誰に何言われてもどうでもいいふうで。
ほんとう、ちょっと前までは、慧太が誰かとちゃんと付き合う姿なんて、全然想像できなかったのにな。ああ、なんだか友人というより親のような心境。蹴られそうだから言わないけど。
「そんな悩まなくても、海未ちゃんの行きたいところ連れてってあげなよ」
「だってなんかネズミの国とか言いそうなんだもん、あいつ……」
「連れてってあげればいいじゃない。あれ、耳のカチューシャつけてさ……」
「おまえ今なんか想像しただろ」
「ははは、慧太似合うと思うよ。ネズミの耳」
「ふざけんな」
テーブルの下で脛を蹴られた。足癖が悪いから嫌だ。
ああ、慧太って全然クールじゃないな。すぐ怒るし。ツンデレだし。難しい顔をして、その実中学生みたいなことで悩んでるし。そういうところは面白いから好きだけど。
「慧太、初デートがんばれ」
「……初デートって言うな」
バックルームから出るときの少し赤い横顔に、小さく笑った。
あ、あとで秋吉にメールしよう。
13.7.23