86:焔は盛る




ドン、と放たれた銃声と共に一斉に魔法円の淵から飛び出す。拓けた場所を一歩出ただけで、この暗さだ。随分と深く闇に満ちている。こんな中で青い炎を出せばそれはそれは目立つんだろうなあ。
今夜で全てが終わりそうな、そんな気がしていた。そしてそれが勘違いであってほしいとも思っていた。召喚紙を一枚取り出し、指先の血を擦り付ける。呟くその名は、「クリアー」、透明マントの悪魔のものだった。それを被り、私は目的へと駆け出した。

今回の課題にあたって、この悪魔たちを使うことに躊躇いはなかった。実はアマイモンを殴ったときから考えていたことがある。私が創った悪魔たちは、「認識されにくい」のではないかと。アマイモンは八候王のひとりで王の名を冠する悪魔だ。そんな奴が透明マントで身を隠していた人間ひとりにさえ気づかず、あまつさえ「どうやって」と手段を問うたのだ。オブリビオンを見たときも「どうもこれは悪魔とは違う」と言った。悪魔がそう言うのだから、きっと「悪魔として認識されにくい」存在なのだろう。それをどう定義づけるかは私には難解なので、「悪魔」と呼ぶことにするけれども。彼らの正体について悩む暇はない。

まあ、もうひとつ付け加えるのならば、どうやって花火を奪ったりそれを使ったりしたのか分かりにくくするためだ。手段が分からなければ、犯人も推測の域を出ない。結局アマイモンの仕業にされてしまえばこっちのものだ。ひとまず指定の場所へ向かう。そこには大きな蛾――虫豸がいた。
クリアーを取り去り姿を見せる、……どのような指示を受けているのか知らないがどうやら同行するようだ。再びクリアーを羽織ると、背に一匹の虫豸が止まった。これを目印にしてくれるのか、ぞわぞわと背筋に悪寒が走る、文句を言っている余裕はない。我慢して、そのまま目的へと走り出す。


しばらくして見えてきたライトは、彼女――杜山さんの顔を照らし出していた。


小型の虫豸が彼女に群がり、視野を狭める。思いのほか指示は行き届いているようで、召喚紙を破いた後気絶させた。賢いんだなあ、さすが悪魔だ。
残念なことに彼女は悲鳴を上げてしまったため、あまり悠長にしていられない、聞きつけた正義のヒーローの到着の前に事を済ませないと。リュックから花火とマッチ、ついでに召喚紙のストックも回収した。その間、巨大な虫豸は杜山さんに何かしていたようだが、それを確認できるほど暗闇に慣れていない。リュックを適当に放り出し、セイバー――ワープの悪魔を呼び出した。
早速向かいの茂みが激しく揺れ始めている。虫豸たちは勝手に逃げ延びてくれるだろう。悪いけど、一足先に最前線から離脱させてもらう。行き先は、先ほどまでいた指定の場所だ。





「チェイサー、……他人に見つからないよう虫豸にまぎれて周辺を探索してきて。付近に化燈籠がないか、見つかったら知らせて」

指示通り、カメラの悪魔は低空飛行で飛び立った。今日はみんなフル稼働だ。手騎士のように使い魔を動かすのにさほど体力は必要としない。そういうところも悪魔とは異なるんだろう。自由で勝手な能力だ。

まだ時刻まで余裕がある。花火は設置したし、チェイサーを化燈籠探しへ向かわせた。思いのほか順調に進んだなあ。後は誰にも見つからず、何にも出会わず、課題を片付けて終わりたい。そういうわけにも行かないことくらい最早学習しているけれど、そう思わずにはいられないのが私の性だ。

バタバタと大量の羽音が聞こえたかと思うと、虫豸の大群が逃げるように帰還してきた。

<カービノオオ>
<ホボオォ>
<ガミノホーボォ>

……神の、炎?燐くん、もしかしてもう炎を使っちゃったのかな。


……まだ開始10分も経っていないのだけど。



mae ato
modoru