84:エニグマ




一学期の終わりを目前に控え、夏休みへの期待に胸を膨らませる生徒を横目に目の前のプリントに頭を抱える。見出しには「林間合宿のおしらせ」と楽しげにポップ体が踊っていた。発想がチープすぎる。もちろん学校のイベントではなく祓魔塾主催のものだ、どうやらこの合宿中に実践任務獲得権を賭けた試験を行うらしい、山の中で。嫌な予感しかしない。
夏場の山というだけで参加する気力を奪うのに、今朝のメフィストさんの言葉……「アマイモンのわがままには極力付き合ってあげてくださいね」という物騒さしかないものが忘れられない。

雪男くんに霧隠先生、志摩くん……は外していいかな、害を与えるつもりはなさそうだし……、そのうえアマイモンだ、私に何人相手をさせれば気が済むのだろう。相手になってしまっているのは、私のせいなのだけれど。

「まひるー、塾行こうぜ」

呑気な燐くんはにかにかと笑っていた。

「きみがいちばん渦中のひとなんだよ……」
「ん、なんだ?それよりメシ食ってから行かねえか」
「どこで?」
「……食堂?」
「ひとりで行ってきてください、私は帰ります」

冗談だろー、と後ろから追いかけてくる燐くんに、私は少しだけ同情した。








「おかえりなさい、まひる」と粛々とした言葉に大胆な態度で出迎えたのは、アマイモンだった。私の部屋のベッドでごろごろといいご身分だ。

「おまえの部屋はここじゃない」
「今日は交渉しに来たんですよ」

断る、と単刀直入に首を振った。まだ何も言っていないと文句を言われても、どうせロクでもない頼みと分かっているものをどうして傾聴しなければならない。そんなのは時間の無駄だ。

「ボクがひとりで責任を被ったおかげで、まひるは兄上から何のお咎めも受けなかったんですよ」
「何の話、って、……もしかしてこの間の覗きのことを言っているの」
「ええ、そのとおりです。ボクがまひるを庇ってあげたんです」

その代わりに言うことを聞けという魂胆か。余計なことをしてくれたものだ。私が何も言わず鞄を下ろすと、アマイモンは勝手に話し始めた。どうせ私に拒否する術がないことを分かっているのだろう。兄上からのお墨付きなのだから。

「この林間合宿でボクは奥村燐を殺します」
「ちょっと意味が分からないんだけれど」
「いや、ンー、違いますね、……兄上と約束をしました。兄上の言いつけさえ守れば奥村燐と好きにたたかって構わないという約束です。そのためには奥村燐を『その気』にさせなければ、そこでまひるの出番です」

ネイガウス先生に代わって奥村燐を「悪魔」にする役割を担うアマイモンは、今回林間合宿にて働くつもりのようだ。前回の遊園地の一件では彼女……霧隠先生によって妨害に遭った。そのリベンジだとしても、この林間合宿には間違いなく彼女も同伴する。あの目を掻い潜ることがアマイモンに可能なのか。

いや、別に失敗しようが成功しようが、私には関係ない。奥村燐が、勝手にメフィストさんに利用されるだけだ……。私は、私のために、動くだけだ。

「メフィストさんからの言いつけって、何なの」
「確か、塾生を殺すなだとか、学園が壊れるから地震を起こすなだとか、まひるさんは好きに使えだとかですよ」
「最後のは何!」
「兄上に言われましたから」

何を考えているんだメフィストさんは!「お墨付き」って私に対してじゃだめじゃないか!頭を抱えるなか、「そう言われましたから」と具体的な仕事を私に提示し始めるアマイモン。

ああもう、どうしてメフィストさんはこんなにも私に面倒な小間使いを頼むんだろう。私なんかを利用しなくたって、もっと優秀な使いたちが……「お前の駒にしては出来が悪すぎる」……そのとおりだ。だというのに、どうして私を?



異世界の人間だから、イレギュラーだからって、またこれかあ。






mae ato
modoru