83:アンチ・セイム・ハインダー



そうかもしれんなあ、とはっきりした返答をしないことこそ、彼の最もな返答だった。彼のその余裕は、秘密を持ち続け、周囲を欺き続けることが生んでいるとしたら、行為自体が彼を余裕たらしめていると考えるのが妥当だろう。私に秘密の一部を開示することで更なる疑惑の渦を生むことも、彼にとっては愉快になるだけだ。

私とは、全くちがう。それは、彼が独りではないからだ。独りにならない確信があるからだ。

「私ね、いつかここからいなくなってしまうつもりなんだ。それがいつになるかは分からないけれど、きっといつかはいなくなる。だから、仲間とか友達とかって、辛いだけなんだ。そういうものを求められない。自分が一番、大事だから。……志摩くんは私とは違うけれど、似ているよ。でも、やっぱり決定的に違うんだ」

彼には、勝呂くんや三輪くんのような間違いのない存在がいる。それは決して彼のもとから離れることはなく、また手放されることもない存在だ。だから、彼はきっと楽しめるのだろう。こんな危ない綱渡りのような状況を。
けれど、私には、私にはそんなひとはいない。みんな無くなってしまった、自分から手放してしまった。独りぼっちに、なって……してしまった。


だから、志摩くんとはどうしようもないくらいに、違うんだ。


「まひるちゃん、慰めたげよっか」
「あはは、いいよ、……悲しくないから」
「でも寂しいやろ」
「寂しいけど、慰められるほど惨めじゃない」
「卑屈、卑屈やしマイナス思考や」
「うるさいよ」

「じゃあ、気休め程度に」と、志摩くんは立ち上がる。そして、私に手を差し伸べた。

「俺には無理やけど、坊とか子猫さんとか……奥村くんとか、そういうお人らやったら、まひるちゃんの話も真剣に受け止めてくれると思うで、打開策も見っかるかもしれん。仲間を頼るんも、立派な祓魔師の仕事やと、思いますえ」

なんて、薄っぺらな言葉。私は忌々しげに目を細め、肩のカーディガンを脱ぐ。そして、その伸ばされた手に押し付けた。

「志摩くん、わざとやっているでしょ」
「バレてもうた?」
「意地悪だ、ほんとうに」
「知らんかったの?俺、性格悪いんやよ」
「うん、知ってた」

腰を上げ、ドアへと向かう。もう震えなんかなくなって、足はしっかりと床を踏みしめた。彼はカーディガンを抱えたまま、私を見送っている。


「知ってたよ、ずっと」


振り返ることなく、ドアへと鍵を差し込む。鍵は、容易に居候先へとつなげてくれた。





mae ato
modoru