100:憐憫と悔悟




花瓶に花を生け、メフィストさんの持ってきた果物が積んである籠の隣に並べる勝呂くんの表情に、私はふとした罪悪感を覚えた。彼は私に謝罪をしにきたのだ。私に対して吐いたへりくつを反省している。あの状況なら仕方のないことだと割り切る権利は、どうやら私のほうにあるようだ。

「もう誰か見舞いに来てたんやな」
「ああ、うん、目が覚めてすぐにね。さっき帰ったばかりだよ」
「……ってことは、もしかして杉さん、目ェ覚ましてから医者に診てもろてないんか?」

あれ、そういえば忘れていた。

まずは状況把握をしないと、と考えていたら自分が数日眠り続けていたことを失念していた。そのうえ見舞いの品まで食べてしまって……、こ、これはまずい。

私は慌ててナースコールを押して、急行した看護師の方に事情を説明した。怒られるというよりは呆れられた。

「ごめん、勝呂くん、今から検査があるそうだから……来てもらったばかりのところ申し訳ないんだけど、」
「待ってるから、ええわ」
「ど、どのくらいかかるか分からないよ」
「ええから、待ってる」

勝呂くんは真面目な顔で頷き、外へと出て行った。ほんとうに待つつもりなんだろう。どうして、とは訊けなかった。



随分と大袈裟な検査の後、医師からは「信じられない」という一言目から結果が告げられた。確かに全治六か月以上だったはずの大怪我は、不思議なことにほとんどが治りかけてしまっているらしい。今の状態だと三か月も待たずに退院が叶いそうだとも。入院生活が半分に短縮されたことは僥倖だ。

……素直に喜べないのは、もちろんあいつの追及があったからだ。ますます治癒力が高まっているように思う。折れていた骨がほぼくっついてしまっているなんて、到底想像できない。
念のため明日精密検査をすると告げられ、一度病室へと戻された。今の検査は精密検査じゃなかったのか……。

「遅くなってごめんね」
「俺が勝手に残るて言うただけや、杉さんの気にすることとちゃうわ」

再びベッドに横になり、椅子に座って居心地の悪そうにしている勝呂くんを眺めた。

そうだ、彼らはあの日初めて燐くんの青い炎を見たんだった。それが与えた衝撃は、私が眠っていた日数で回復できるようなものではないだろう。


勝呂くんは、みんなは、どう思ったんだろうな。


「杉さん……、まずは、ほんますまんかった」


と、突然頭を下げられた。まだ思考も落ち着いていなかったからちょっと驚いてしまった。

「な、なにが、というか頭上げて、なんか怖いよ」
「いや、それじゃ俺の気が済まん。きっちり落とし前つけんと」
「ヤの付く職業じゃないんだから……」

今の私では、彼の肩の重荷を軽くしてあげることはできない。言葉でも身体でも、何一つとしてできることはなかった。ああ、言うことの聞かない身体が恨めしい。

「勝呂くん、もしあのとき……燐くんを追いかけに行ったときのことを謝っているのなら、それは筋違いだよ。謝るべきは私のほうだ、勝呂くんの言っていたことは正しいし、私は無責任だった」
「それは違う!いくら非常時とはいえ、あないな態度は取ったらあかんかった。杉さんは俺らを護ろうとして言ってくれてたんやろ、せやったらそれを拒んだ俺は謝るのが道理や」

それは、「私が勝呂くんたちを護ろうとして言っていたら」、そういう話だ。あのとき私が護ろうとしていたのは、君たちじゃなかった。燐くんの秘密でもなかった。


アマイモンの言うとおり、あのとき私が護りたかったのは、―――私自身だ。


だから勝呂くんは謝る必要なんてない。けれど、彼はきっと私の言葉に耳を傾けないだろう。


「それでも、ほんとうにごめんなさい」


だから私は頭を垂れるほかなかった。




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