101:赤々と憤る




女に頭下げさせるなんて俺の面子が持たんからやめえ!というよくわからない理屈で、私の傾いた首は元に戻された。ぺこぺこと頭を下げあう様子は情けないサラリーマンのようで、それが仕方のないことだと分かっていながらもおかしくなって、ふたりそろって苦笑いに肩を震わせた。
元気そうだ、とちょっとだけ安心して、ようやく本題へと入ることにした。

「……あの後、杉さんは何があったんや。俺たちのところに来てくれたんは見たけど、それからは、」
「それからは、アマイモンに攻撃されて気を失ってしまったんじゃないかな。激昂していた奴はすぐに私を倒して燐くんのところまで戻って行ったでしょう」

燐くんのところまで戻って行って、そうして刀を抜かせたのだろう。アマイモンの企ての通り、みんなを護るために燐くんは青い炎を使った。

だから、―――勝呂くんはそんなに辛い顔をしているんだ。

「杉さん、」
「聞いたよ、燐くんのことなら」


ハッと息を呑む彼は判りやすかった。


「彼が悪魔の、魔神の息子だって、……私が気を失った後、森を焼き尽くした青い炎は彼から発現されたものだってね」
「驚かんのか」

そうだね、と頷く。

きっと最早、誤魔化しは不要だった。私が彼の秘密を知っていたことは、勝呂くんに悟られている。確かめるように「やっぱりな」と溜息まじりに呟かれた。

「杉さんは、奥村の秘密を知ってたからアイツを庇おうとして不自然な行動を取り続けてたんやな。林間合宿のときも、遊園地のときも、ずっと前から。

 …………なあ、杉さん、何でアイツを庇おうと思った?何でアイツの秘密を護ってやろうと思ったんや」


私が、燐くんの秘密を護ろうと思った理由?

違う、私は護ろうなんて思っていない。秘密も、燐くんも、護ろうだなんてひとつも考えていなかった。だって、私は彼でさえ欺き続けたのだから。

魔法円から出るときも、遊園地のときだって、勝呂くんたちをアマイモンに接触させたくなかっただけだ。あいつに「遭って」しまえば、私にとって何らかの不利益が発生してしまうことは目に見えていた。
怪我をするだとか敵わないだとか、みんなの身を案じたことだって全部方便だ。私は燐くんのことなんて、みんなのことなんて、ひとつも考えていないんだ。


自分のことだけしか、考えていなかったんだ。


「私は、何も護れないよ、燐くんだって、みんなだって。どうしたって、私は私のためにしか生きられないんだ」
「……なら、杉さんの知っている“何か”は、奥村のことやないんか」

私が知っていること、私が隠したがっていること、それは燐くんが魔神の息子であることではない。

「そうだね、……そうだよ、私は燐くんのことを確かに知っていた。彼が魔神の仔でありながら祓魔師になろうとしていること、彼の存在自体がみんなを脅かしてしまうこと、だからみんなには隠さなければならないこと、……全部解っていたよ。でも、それは勝呂くんが京都出身の寺の息子という情報と、私にとっては同価値にしか思えない。何でもないんだよ、そんなこと」

「何でもないわけないやろッ!」

勝呂くんは立ち上がり、行き場のない手に硬く拳をつくった。眉を吊り上げ、顔を真っ赤にして私を見下ろす。

勝呂くんは怒っていた。私に対してではない。彼が怒っているのは、

「アイツがそれを誤魔化し続けたから、俺らは今こうやって、」
「憤っている、どうして?仇だから、仇の息子だから?悪魔を親に持った以上、燐くんは憎まれなければならないから?」
「そ、んな理由でアイツを見限るほど、俺は落ちぶれてへんわ!父親なんか関係あるか!ただ、俺はアイツを仲間やと思ってたのに、アイツは、あんな……ッ、はッ!」

はた、と正気に戻った勝呂くんは、耳まで真っ赤にして視線を泳がせた。自分の発言の意図に、憤りの根幹に、恥ずかしそうに腰を下ろす。

そんな様子がおかしくて、私は笑い出してしまった。




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