98:嘘と言い訳




「これで何回目ですか、まったく。そのうえ今回はよりにもよってアマイモンにやられるなんて……もう少し考えて行動してください」

最早お決まりだ。目覚めの挨拶は決まってメフィストさんの不機嫌に寄った眉からだ。
身を起こして返事をしようと試みたが、喉の奥から呻き声が漏れるだけだった。全身がひどく重い、重くて苦しい。

「アナタ、多くて六ヶ月は入院生活ですよ」
「……は、半年、ッ……はァ?」
「憶えていないんですか?アマイモンに岩山まで蹴り飛ばされて肋骨、背骨の骨折にヒビ、内臓損傷、全身の打撲に大量出血、そのほか諸々のフルコース!いよいよお釈迦かと思って思いがけず十字を切りましたよ」

釈迦なら手を合わせてほしい。

ああ、なんだか意識を失う直前の記憶が曖昧だ。確か、試験が終わった後にアマイモンが来て、燐くんが魔法円を飛び出して、それで…………勝呂くんたちも、彼を追いかけて行ったんだ。

「あの後、みんなは、」
「訊きたいんですか?」

枕に頭を沈めたまま、メフィストさんの両眼を見据える。その瞼がゆっくりと下ろされ、深い呼吸の後に仔細に説明してくれた。


私が意識を失った直後、燐くんは「無事」青い炎を発現させた。塾生は皆それを目の当たりにした。彼は己の力の限りを尽くし、そして悪魔の炎に呑み込まれた。アマイモンと対等に渡り合うほどのその力を、騎士團が看過するはずもない。森林をその業火で包んだ彼は、三賢者の裁きに下されたそうだ。半年後に実施される祓魔師認定試験に合格すること、それが彼の与えられた執行猶予だ。


「ああ、塾生のみなさんは無事ですよ。多少治療は必要でしたが、ほとんど軽傷に近い。いちばん大怪我を負ったのはまひるさんですよ。この調子では今回の祓魔師認定試験は辞退せざるを得ない状況です」

それは、それは嫌だ。せっかく身を賭してアマイモンに刃向かったんだ。


―――アマイモンに、…………私は、何をした?


「アナタが驚異のスピードで完治させれば、もちろんいつでも復帰させてさしあげますがね。……ク、それにしても、それだけの重傷を負った甲斐がありましたねェ?」


メフィストさんの顔が愉悦に歪む。


「まさか、あのアマイモンに一刺し入れるなんて、上級祓魔師でも容易に出来たことじゃありませんよ」


ぞっと、背筋が凍った。同時に掌に蘇るあの感触。霞んでいた記憶が突然に鮮明になる。


私は、アマイモンを刺したんだ。ダガーナイフで、あいつを、あいつの身体に、私は、


「ご心配なく、アマイモンは健在ですよ。ちょっとおイタが過ぎたのでお仕置き部屋に入れていますが、文句を垂れるくらいには元気なようだ。喧嘩両成敗、ということで済ませておいてはいかがです?」

……あいつの身体を気遣ったつもりはなかったのだけれど、まだ生きているのか。だとしても、もう二度と会いたくない。

それより、メフィストさんの言葉が気にかかる。何だそれ、「喧嘩両成敗」だって、

「おや?違いましたか、お互い八つ当たりであんな行動に出たものと思っていましたが」
「……へえ、ずいぶん、お優しいんですね」

キモチワルイ、と今にも吐きそうな顔をされた。そんな青ざめなくてもいいじゃないか。

図星だったから、私はごまかした。私の行動は八つ当たりだ、この悪魔兄弟はほんとうに鋭い。鋭くて針のように私を刺す。あのときアマイモンが言ったことは全部ほんとうのことだ。だから、ごまかしたくて、……でも攻撃するつもりはなかった。

なんて、子どもみたいな言い訳だな。




mae ato
modoru