97:目眩の銀


「これでアナタの目的は果たされた、アナタは奥村燐の仲間になった。では、もういいでしょう?これ、痛いんですよ、……ほら、傷が治らない、毒が回っている。こんなことまでさせてあげたんですから、仕返ししても構わないですよね。兄上の目があるので加減くらいしてあげます。まあ、アナタなら死なないでしょう」


がくん、と視界が揺れる。目の前にいたはずのアマイモンが消えた。そして、鈍く重い音が響いた。遅れたように全身に走る痛み。一瞬呼吸が止まり、その口から赤黒い血があふれ出る。

ああ、痛い、身体が重々しく痛い。脳みそが早く気絶しろと言っている。でも、状況を理解したいと理性が訴える。


何が起こった?私はいま、何処にいる?


……指先が冷たい温度を確認した。それを持ち上げて、動かない頭へと見せた。それは、血のこびりついたダガーナイフだった。


「ひッ、あ、……私、私は、……」


アマイモンを刺した。その感触は、まだ残っている。ひとを、人間の肉を、ナイフで深く刺し込むあの感触。あいつは悪魔だけれど、私が刺したのは人間の身体だ。気分の悪い感覚が、掌から身体全身を伝う。痛みよりもそれが、私を恐ろしくさせた。


「はッ、かはッ、」


目の前が歪み、指先がすっと冷えていく。貧血だ、血を流しているのか、……全身が闇に呑まれてしまったように感覚がなくなる。燐くんは、みんなは、……もう考えられない。
ただ怖くて、恐ろしくて、震えているのが寒さのためか、恐怖のためかさえわからなかった。


「…………、」


薄れゆく意識の中、手から滑り落ちるダガーナイフが何かと重なった。それもまた、赤く濡れている。


これは、私の記憶だ。血で染まった、記憶。握り締められたナイフ――包丁は、べったりと血が付いていた。


滴り落ちていく赤を、私は見ている。




「私は、」



私は、この赤を、見たことがあるんだ。





mae ato
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