96:深淵の赤



崩れ落ちた岩を越え、小さかった人影が少しずつ明瞭になっていく。そこには倒れこんでいるみんなが、いた。

「志摩くん、三輪くん、」
「ケホッ、まひるちゃん、俺らよか、坊が……ッ」

ふっと、視線の先を追う。そこには、アマイモンがいた。アマイモンが、勝呂くんの首を掴んでいた。


その姿が、苦しそうにもがく四肢が、―――あの日と重なって、


「ッ、は、」


でも、あの日とは違う。私の手には武器があり、動く脚があり、目の前に隔てるものは何もない。


あの日とは、違うんだ。


「アマイモン、ッ!」


私はもつれる足を必死に動かしてアマイモンへと突進した。ダガーナイフで切りかかり、両手を振るう。それを避ける拍子に勝呂くんと杜山さんは解放された。

ナイフの刃に当たらないよう回避するアマイモンへ、軸足を回して森の深いほうへと蹴り飛ばす。その身体は存外抵抗なく飛ばされ、すぐに茂みへと姿を消した。即座に後を追い、起き上がったところに躍り出る。

「塾生は攻撃しないはずじゃなかったの!」
「殺すなとは言われましたが、傷つけるなとは言われていません」
「ッ、でも、あんな、あんな方法で……」
「まひるが教えてくれたんじゃないですか、仲間を利用しろって」

刹那に、そのときの記憶がよみがえった。奥村燐のことについて訊かれた、あのときだ。

「思い出しましたか?ボクはまひるの助言と、遊園地での奥村燐を見て理解したんです。あれが炎を出さなければならななくなる……本気で戦わなければならなくなる状況は、大切なニンゲンを護るときだと。強大な敵によって仲間が次々と殺されていく、自分がこの力を使えば仲間を救えるかもしれない。そんな状況に追い込めば、奥村燐は間違いなく思う存分ボクと遊んでくれるでしょう。だから邪魔をしないでください。ボクがまひるに頼んだことは、花火のことだけです」
「っ、だったら、私もその仲間のひとりになってやる」

彼が私を救ってくれるかどうかはわからない、そんな確信さえ私は失っている。それくらいのことをした。
今日、彼が青い炎を使うことはきっと間違いないのだろう。この約束された夜を招いたのは、招く一因となったのは、私だ。

結局私は何ひとつ変わっていない。抵抗できるのに、抵抗しなかった。

「ウーン、どうしてその必要があるんですか?まひるは奥村燐が嫌いなんでしょう?ここでわざわざボクに刃向かうのは、ただ怪我をするだけです」
「燐くんのことは嫌いじゃない。ただ、お前が気に食わないだけだ」
「ハア、理解に及びませんね。どうしてそんな無駄なことを…………ああ、わかりました」

アマイモンは、私の振りかぶったダガーを容易に弾き飛ばした。そして、空手になった手首を掴んだ。片手を封じられた私は、奴の傍から逃れることもできない。


何かに気づいたあいつの言葉を、聞きたくなかった。


「ボクに協力したことを後ろめたく感じているんですね」
「なにを、」
「敵と内通し、仲間を売ったことを追及されたくないんでしょう。こうしてボクと対峙することで、自分は何も知らず仲間を庇った勇敢な仲間のひとりになるつもりですね。ハア、ナルホド、よく考えている」
「ちがう!そんなこと、」
「自分だけは助かろうと、」
「だまって、」
「自分はただ見ているだけだと、そう言い張るつもりなんですね」
「やめて、」
「あのニンゲンたちのことは仲間でも何でもないんでしょう?」
「ちがう、」
「結局、アナタが護りたいのは、自分だけ」
「ッ、だまれ」
「ハ、アナタのほうがずいぶんと悪魔らしい」


「だまれ!!」


とっさに、身体が動いた。そのおしゃべりな口を塞いでしまいたくて、真実を見抜く眼を見たくなくて、逃げたくて、―――でも、こんなつもりじゃ、なかった。こんな、


「はッ……、ハハ、オメデトウございます、これでアナタは立派な仲間だ……」


アマイモンの腹部には、ダガーナイフが深々と突き刺さっていた。







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