95:If you were,


奥村燐を先陣に、勝呂、志摩、三輪まで教師の命令に背いた挙句、最も状況を弁えているはずの杉まで牆壁から飛び出そうとしていた。それを、神木が止めないはずはなかった。

「あ、あんたまで、行くっていうの!」
「……うん、行かなきゃ、行かないと」

うわ言のように、「行かないと」と繰り返す杉に、神木はさらに彼女の腕を引く。

「さっきあいつも言ってたでしょ、無責任に何かを護ろうとするなって……それにあんた自身も理解しているじゃない、救援を待ったほうがいい、アマイモンなんかに太刀打ちできるはずがないって、無駄に死に急ぐだけよ!そのあんたが、どうして行くっていうわけ!」

―――どうして、行くのか?

暫時、杉は戸惑うように視線を泳がせた。しかし、すぐに崩落した岩のほうへ目を向け、神木の方を見ることなく答えた。

「私は、勝呂くんたちを追いかけなくちゃ、いけないから」

それは、まったく理由になってはいなかった。

「どうして?あんたは、仲間なんて思っていないくせに、理由がなくても他人を助けるなんて、そんな偽善者ぶったことを言うつもりじゃないでしょうね!あんたにそんな正義があるっていうの?」
「正義感とか、自己犠牲とか、そんなんじゃないよ」
「だったら、」
「神木さんにはわからないよ」

その、見たこともない表情に、眼の色に、神木は息を呑んだ。この冷たい瞳をした少女は、自分の知っている杉まひるなのだろうか。暫時そんなことを思った。

いつも何かを悟ったかのように行動し、ごまかすように笑っている。決して前に出ることはなく一同とは距離を置き、だというのにクラスメイトを護ろうと身を挺する矛盾を抱えた生徒。
神木自身、塾生を仲間と認めたことはなかった。彼らは偶然同じ塾に介したクラスメイトで集団行動を取らなければならない相手で、その程度に過ぎなかった。どのような事情を抱えていようが関係ない、ただ自分は己の為さねばならないことのために祓魔師に成る。それだけだった。

杉もまた同じ考えなのだと途中までは錯覚していた。しかし、彼女は矛盾を孕んでいる。仲間ではないのに仲間のフリをしようとする。そんな態度が気に食わなかった。
だからあのとき、神木は半ば八つ当たりに挑発してみせたのだった。仲間だとか友達だとか綺麗事を並べないくせに、何故「ごっこ」を続けるのかと。そのときだって、彼女は困ったように微笑するだけだった。否定すら、しなかった。その中途半端な性根が不可解で、疑念は拭えないままだった。

その杉まひるが、初めて明確に他人を拒絶している。疲弊しきった面持ちで、引き止めるこの手を冷ややかに見据えている。

……思わず、指の力が緩んだ。呆気なく離れた指先を、彼女は不思議そうに見下ろした。「……ごめんね、神木さん」と、首を傾ける。その瞳は、あのぬるい色に戻っていた。

「神木さんは付いてきちゃだめだよ」
あんたは行くじゃない。

「まだ候補生なんだし、あんな悪魔を相手にする力量なんてないんだ」
それは、あんただって一緒じゃないの。

「だから、宝くんといっしょに救援を待ってね」
待ちなさいよ、あたしはただ、

「あたしは、あんたに行ってほしくなかった、だけなのに」

もうそこに、彼女はいなかった。



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