94:嘯くが理


絶対牆壁内にいればアマイモンは接触することができない。ゆえに燐くんを誘き出さなければならないことは自明で、そのために取った手段が杜山さんの身を利用することだとしよう。
しかし、これまでの様子では杜山さんを操る手段は元より考えられていたにちがいない。絶対牆壁がなくとも、アマイモンは彼女を使うつもりだった。それは、何故?

「お前らは死んでもその牆壁から出るなよ!!」

霧隠先生と、倶利伽羅を持った燐くんは、迷いなく魔法円から飛び出した。先生は私たちには出るなと命じて、燐くんだけ特別扱いをして。そんなの疑念ばっかりが生まれるだけじゃないか。彼が何者なのか言っているようなものだ。
けれど、私たちはここから出てはならない。地の王と戦う必要なんか私たちにはないのだから。だというのに、私は杜山さんを危険な目に遭わせてしまっている。人質として彼女はアマイモンの手の中にある。

だってまさか、そんなこと、……違う、私がきちんと考えていなかったんだ。アマイモンが私に仕事を説明したとき、奴は杜山さんを狙うようわざわざ指定したのだ。それだけでも十分おかしいと気が付くべきだった。花火は塾生みなに配布されるものなのだから、何故わざわざ彼女のものを選んだのか、……こうして人質として利用するためだ。

では、何故彼女が選ばれたのか。あの遊園地の惨事が、脳裏を過ぎる。そんな思考を進めて間もなく、轟音が響き渡った。粉砕していく岩壁と、その中へと身を落としていく燐くん。彼はまだ倶利伽羅を抜いてはいなかった。でも、そんな状態じゃいつまでも持たない。

「坊!!あかんよ」
「坊!冷静になって!ネッ?」

はっと、その声に引き戻された。声のほうへと目を向ければ、勝呂くんが恐ろしい形相で魔法円の外へと飛び出そうとしていた。

何を、しているの。どうして勝呂くんが行かなくちゃならないの。

「杉さんも、俺に冷静になれって言うんか」
「そうだよ……勝呂くんが行ってどうにかなる問題だとは思わない。こんな騒ぎじゃきっと救援が来る、待つべきだよ、そうするべきだ……」
「ッ、また、それか!」

彼を引き止めていた腕が弾かれた。今度は、明確な拒絶だった。遊園地のように、頷いてはくれなかった。

「行動が正しかったら、仲間を見捨ててもええんか」
「そんなことは言っていない!ただ、」

ただ、私は、

「いっつもなんか知ったような顔して傍観者決め込む手前に俺を引き止める権利も理由もない、違うか」

あ、……何も、言えない。

「坊!それは、」
「外野は黙っとれ!ええか、杉さん、訊かしてもらうけど、この現状に思い当たることでもあるんか」
「ない、ないよ、何にも……」
「俺の眼を見てそれを言ってみい!」

その言葉に、私は思わず彼の眼を見てしまった。ああ、またこの眼だ、私を疑う眼、きらい、だいきらいな眼だ。だから、何も言えなくなってしまう。

「……言えんのやな」
「でも、だって、行ったら、勝呂くんは怪我をする……、それは、分かっていることだ」
「それを防ごうとするのは杉さんのエゴやんな」
「そうだ、私のエゴだよ」
「せやったら俺が今から取る行動は俺のエゴや。奥村を助けに行くとは違う、ただムカつく奴をぶっ飛ばしたいだけや、俺の勝手な喧嘩に口挟まんでくれるか」

そんなのはへりくつだ。でも、そんなへりくつを並べてまで、勝呂くんは燐くんのところへ行こうとしている。私にそれを止められるのだろうか、でも、止めなくちゃならない。

「それでも、」
「杉さんが何を知ってて何を黙ってるかは知らんけどな、それを俺らが知らん以上どないに止めても何も聞かんからな、だって俺らはそれを知らんのやから」
「ッ、……」
「それを仲間に教えられんのやったら、無責任に何かを護ろうとするな」

勝呂くんは結界の外に飛び出した。続いて志摩くんと三輪くんも後を追う。
私は、それを止められなかった。勝呂くんの言うとおりだ。私は知っている。この強襲の目的も、主犯も、共犯も。だから教えられない。私は、共犯者なのだから。

……上手く口封じされたというわけだ。自分の手駒を使って足掻いてみせたって、何の意味もなかった。馬鹿みたいだ。いっそ滑稽なことだったろう、無駄な反抗を見せる私の無様さは。

無責任に何かを護ろうとするな、か。私は無責任なんだ、だから何も護れないのだろうか。


―――でも、それでも、私は護らなきゃいけないことが、あるんだ。


「だから、行かなきゃ」


魔法円から飛び出そうとして、その身体が引き止められる。振り返ると、そこには青ざめた顔をした神木さんが、私の手首を掴んでいた。


mae ato
modoru