ねじまき島の冒険 8/9P


「うわぁすっげェすっげェ!!」

ねじまき島に辿り着いたルフィ達。
興奮を上げるルフィの隣で、ボロードはお手製帆を畳みながらちらりと彼らを横目みる。

「まあ、上が見えないわ」
「よくこんなもん作ったもんだ…!」

島の中心部に伸びる巨大な岩の塔は、雲を突き抜ける勢いで頭を伸ばしていて、この真下からでは高すぎててっぺんがよく見えない。アリエラとウソップも見上げすぎて身体が後ろに反っている。

「敵の侵入を防ぐためだ」
「でも、塔の内部は螺旋階段状になっているから、あそこから登れそうだわ」
「ああ。その石階段から登りゃ町に着く前にあの世行きってわけだ」
「罠か…」
「じゃあ、どっから登りゃいいんだよ?」
「中心部にエレベーターがある。奴らが海を荒らしにくる夕暮れにこの隠し扉が開くから、その時まで──って!」

これからの流れを今からゆっくり説明しようとしていたというのに。
ルフィたちは話を聞く素振りをみせるどころか、そそくさと塔のもとに向かって行っている。町に着く前に「あの世行き」だときちんと、罠があると説明したのに、それでもここを登ろうとするなんて。なんて気の短い連中だと目を剥いた。

「おい、待てーー!!」

むっと眉を吊り上げて彼らを追うアキースに倣い、ボロードも大きくため息を吐いて足を早める。

「バカ野郎! 話を聞いてなかったのか!? その階段には仕掛けがあるんだぞ!?」

恐れを知らずに階段に足を踏み入れた海賊たちに、下から声を上げるが彼らは全く動じない。すんとした表情で、アリエラまでもがそそくさと彼らの跡を追っている。

「ナミさんが捕まっちまったってのに、一々ビビってられるか」
「ええ、一刻も早くナミを救出しなくちゃ!」
「おお、おれさまも…メリー号のためだ!」
「ああ。めんどくせェからとっとと行くぞ」
「にししッ、おもしれェ!」

誘拐された仲間が心配な気持ちはよくわかるが、ここは敵の住処なのだ。もっと綿密に作戦を練ってから動くべきだと言うのに、真正面から挑むとは。なんて恐れ知らずで、そして自由な奴らなのだろう。さすが海賊だ。とボロードは大きなため息を砂浜にこぼした。
そのとなりで、アキースが「お前ら! ボロードの言うことを聞けェー!」と怒りを上げている。
まだ幼い少年の姿に彼は少し迷ったが、ルフィたちから離れるわけにもいかず、アキースを必ず守り抜く決心を抱いて彼らの後を追っていく。


海賊たちに追いつき、しばらく階段を走っていると、ついに恐れていた“仕掛け”が作動した。
ちょうどサンジが足をつけた場所に隠しボタンがあったみたいで、段差になっていた坂道が突如平坦に変わってしまったのだ。

「「うわあああ!!」」
「きゃあああ!」

普通の坂道になったと思いきや、それは異様に滑りが良くて足を動かしても前には進めずツルツルその場で足踏みを踏むだけ。

「やだあ、落ちちゃう!」
「アリエラちゃん!」

身体の軽いアリエラは体力も少なく、もう荒い息を吐いていた。ひいひい泣きそうな彼女にサンジは真っ先…いや、ゾロと共に反応を示して、彼に取られてしまう前に、とすぐに腕を伸ばし、アリエラを胸に抱いた。

「きゃ、サンジくん…!」
「大丈夫かい? アリエラちゃん」
「え、ええ…でも、サンジくん、私を抱いていたら…」
「平気さ。アリエラちゃん、クソ軽いし問題ねェよ」
「……」

ふっと横目でゾロを捉えると、やはり彼は面白くなさげな表情を浮かべていた。
レディはみんな大好きだし、平等に愛するという心情をしっかりと持っているが、最近それが崩れてきそうになっているのだ。気づかないように、と目を瞑っているのだが、同じ気持ちを胸に抱いているゾロの姿を見ていると、どうしても──。

そんなことを思案していると、嫌な耳が鼓膜を揺らした。
ざぶん、とうねるこの音は、陸で耳にすることのない波の音。ウソだろ…と目を凝らしてみれば、この坂道の上から洪水のように激しい水流が溢れ流れてきた。これもまた、仕掛けなのだろう。

「ああ!」
「きゃ、水だわ!」

下に落ちてしまわないように必死で足踏みをしている最中、こんな自然に敵うはずがない。おまけに、サンジが抱いているアリエラとルフィは能力者だ。どうにかしなくては。と考えているうちに、一行は奔流に呑まれてしまった。

「うわああッ!」
「アキース!」

がぶがぶともがくアキースを掻き抱いて、このまま下まで落ちようと決めたのだが、後ろにもまたもや罠が。どん、と大きな音を立てて現れたのは無数の棘がついた岩壁だ。

「うわ!」

みんなの一番後ろにいたルフィがそれに真っ先に気がついた。力が完全に抜ける前になんとか足を水に浸かっていない岩壁に引っ掛けて、網のように体を張って、流れてくる仲間やボロードたちを棘壁から守ったのだった。

「る、ルフィ!」

助かった!と涙するウソップだが、仕掛けは当然これだけでは終わらない。
侵入を完全に阻んでいるこの塔は、血も涙もなく無惨な罠を転がしてくる。ゴロゴロと野太くざらりとした音が水の止まった前方から聞こえてくる。お次は、大岩転がしの罠であった。

「「うわああ!!」」
「あんなのに当たったら…押されて死んじゃうわ!」

もう水はほとんど下へと流れてしまって足首ほどの水位なため、水の刑から逃れはしたが、後ろには身体をゆうと突き刺してしまいそうな太い棘。前方には勢いをはらみ身体を潰してしまう巨大な岩と、絶体絶命な状況下には変わりない。
慌てるアリエラを優しく地に下ろすと、サンジは坂道を自慢の脚力で駆け上がり、跳ねるように転がってくる大岩を全て蹴り飛ばしていく。今は貸し出し衣装であるため、いつもの革靴ではなくサンダルだ。なのに、こんなにも威力を出せるなんて。

「すごいわ、サンジくん」

ほう…と恍惚したため息をこぼすアリエラをチラリと横目見たゾロは、胸のモヤモヤを感じて拳をぎゅっと握りしめた。

「しょうがねェな…」

そう低くこぼすと、しゃがみこんだゾロは石畳の床隙間に手を入れて、持ち前の腕力で地面をべりっと持ち上げたのだった。その崩れの衝撃に作動していたスイッチは壊れて、転がっていた岩の仕掛けも収まり、水も割れた地面の下に染み込んでいったために歩きやすくなった。

「よし、行くぞ!」
「ゾロ、すごいわ!」

ふっと彼女に瞳を落とすと、きらりとした瞳に胸がきゅんと高鳴る。その“らしくなさ”にひどい苛立ちに似た何かを抱いてしまうが、素直に嬉しいと感じてしまった心に感情は抗えなくて、ゾロは舌打ちをして足を速めた。


もうそれからは、罠も仕掛けもなく平和に走り続けると、しばらくして漸く前方に出口を見つけた。頑丈に扉のような板で蓋をされているが、太陽光が差し込んでいるそこは光に満ちている。サンジがそれを蹴り破り、出口を潜るとクルーとボロードたちはようやくこの島の入り口に辿り着けた。

下からここまで高さにして300mほどもある。そこをひたすらに走り続けたクルー達は息も絶え絶えで、荒い息を草原にこぼしながらアリエラとウソップはどっかりと腰を落とした。

「はあっ、はあ…疲れたあ…っ、こんなに走ったのは初めてだわ…」
「はあ、はあ…キツかった…」

ゾロとサンジも流石にひどく息を乱していて、しゃがみこんでいる。一方、ルフィもさすがである。あれだけ走っておいて、ピンピンしながら浮きだった心で前方に伸びている町を眺めているのだから。

「うお! 何だこりゃ何だこりゃ! おっもしれェ!!」

草原は所々盛り上がっていて、カラフルな小柄の塔風車が至るところに建っている。
そこを越えた後ろに町があって、その地形は山状である。家々は全て筒状に統一されていて、丸みを帯びた屋根からは物干しロープが張られている。その町は下段部となっていて、中間部には螺旋階段と共に立ち並ぶ僅かな家々とお店。そして、その階段を越えた先の頂上にはこの島を脅かしている悪の根城“トランプ城”が聳えている。

「何だあ…?…この町は…!」
「まあ、素敵…! おとぎチックな町ねぇ
「これが“ねじまきタウン”だ!」

ようやく息を整え終えたボロードが、町を見上げて口にした。
さらりと草原を撫でる風が優しく肌を包み込んでくれる。激しく打っている心臓も、その風にさらされて落ち着いてきた。標高は高いが、気候も風当たりもよく、気持ちのいい場所だ。

「そして…あれが“トランプ城”だ」

ボロードの目線の先を追うと、微かにトランプ海賊団のマークが映った。そのお城の真ん中には一際目を引く、絢爛な時計が飾られていて、アリエラはあっと洩らした。

「あれって…」
「ああ。あれがダイヤモンドクロック、世界一のカラクリ時計だ! そして、みろ。城の上を!」
「ん……」

ウソップがスナイパーゴーグルを装着して目を凝らしてみると、頂上でひらりと風に揺れている旗が瞳をくすぐった。黒い側の中心部に描かれているのは、麦わら帽子を被ったドクロ。あれは海賊旗で──

「ゴーイング・メリー号だ!」

うちの海賊船である。カヤからもらった船だと、誰よりも強い愛情を注いでいたウソップは瞠目してその名を叫んだ。ああ、よかった…あんなところに。メリー号をみるのは実に一週間ぶりで、特に大破や目立った損傷とかはない。そのことに先ずはほっと安堵した。

「見えたのか?」
「ああ。 確かにそうだ! あの城の上にいる!」
「んん? 遠くてよく見えねェなあ」
「私も…」

ルフィとアリエラは目を細めたりしてピントを合わせてみるが、あまりにも遠すぎるために肉眼ではその旗が麦わらの一味のもの。だということが確認できない。
それなのに、裸眼のボロードはどうしてそれが麦わら帽子を被った海賊旗であることが分かったのだろうか。ゾロの中に疑惑が生まれた。

「……おい」
「ん?」
「よくあそこにおれ達の船があると分かったな」
「あ? ま、まあな…」

明らかに動揺しているボロードは、厳しいゾロの双眸から逃げるようにそっぽを向いた。ご機嫌に町を見回しているルフィに何事もなかったように鷹揚に声を投げている。
それがますますゾロの疑惑を高めていく。のだが、座り込んだままだったサンジが低いうめきをあげたため、はっとして瞳を下げた。

「クソ……」
「お前、足…」
「ああ? どうってことねェよ」

さっき、サンダルで岩を蹴り割ったのが原因だろう。サンジの足は傷だらけになっていた。それを痛そうに押さえていたが、ゾロの声を振り払い立ち上がろうとしたが、目の前に立ちはだかった柔らかな影に阻止されてしまう。

「え…アリエラちゃん?」
「ひどい怪我だわ、サンジくん」
「いや、大したことねェよ、このくらい」

レディに心配をかけたくねェ!とサンジはにっこり笑みを浮かべるのだが、じっとり瞳を細めるアリエラにその強がりも見破られてしまう。本当に大丈夫だ、と続ける前に彼女のふわりとした金の絹が手にさらりとこぼれた。

「今度は私に任せて」

助けてくれたお礼よ。と微笑むと、アリエラは両手を握り合わせて瞳を閉じる。彼女の手中からはふわりと光がこもれて、その明光はたちまち桃色の花びらに変わり、開かれたアリエラの両手に満たされていく。
桃色はサンジの足の上に降りかかり、淡い光で怪我を包み、痛みと傷口を塞いでいく。

「すげェ…消えた…。ありがとう、アリエラちゅわん! いやあ、ほんと助かった」
「ふふ、どういたしまして」
「何度見てもすげェなあ、アリエラの能力!」
「な、何の能力者何だ…?」
「私“ロゼロゼの実”を食べたの。攻撃と少しの治癒能力を操れるんだけど…まだまだ力不足で限りがあるの」
「へえ…ロゼロゼの実ね」

聞いたことねェな。とこぼして、ボロードは再びトランプ城を見上げる。
どうも、あのお城が気がかりなようで、どこか落ち着かないようにも見える彼をまたゾロはじっと見つめていると、船長の明朗な声が鼓膜を揺らした。

「よし! 早速いくぞ!」
「お、よし! トランプ城に潜入だ!」
「まず、メシだ!」
「着替えもな」
「私、このドレスのままがいいわ」
「アホ。それじゃ戦えねェだろ」
「な、何ぃ!?」

船長に続いたウソップとサンジの言葉は拍子抜けするもので、ボロードはあんぐりと口を開けて立ち止まった。それに倣い、アキースも。
「私、このドレスのままがいいわ」「アホ。それじゃ戦えねェだろ」続いて、アリエラとゾロの言葉も。信じられないといった双眸を彼らの船長に向けてみると、彼も「メシ!」と目を輝かせているから、ボロードの肩はますます下がっていった。