GM号が盗まれるという事件発生から一週間後の大海原の上。
「あれからもう一週間かあ……」
ハアと大きなため息を吐くのは、浮かない顔をしたウソップ。
何とかしてGM号を追いかけようとしたルフィたちだったが、シーズンオフの閑古なリゾート地。開いていたのが結婚式場のみで、水着だった一行はそこで貸し衣装とカップル御用達のような白鳥のボートを借りて、GM号を追って出航したのだった。
「だけどよ。もう少しマシな船はなかったのか?」
三人用のボートに、すっかり成長期を迎えた青年少女が六人も乗っているのだ。身体もろくに伸ばせなくって、窮屈で仕方がない。
「この服もな」
ため息まじりにこぼしながら自分の服を見下ろす。まとっているのは、紋付織袴。こんなきっちりした和服を着ることなかったゾロは小っ恥ずかしいのか、僅かに頬を染めている。
「私はこのドレス、とっても気に入っているわ」
「ちゃっかりヴェールまでつけてるもんね、あんた」
「ああっ。ウエディングドレスのアリエラちゃんとナミさんのお姿もまた美しいなあ… 両手に花だぜ」
ぐふふ、と鼻の下を伸ばすサンジはタキシード。ナミはスレンダーライン、アリエラはAラインのウエディングドレスを身に纏っていて、お嫁さん。な二人の姿にサンジがもう一週間もずっと興奮しっぱなしだった。
「アリエラちゃんとナミさんとの結婚……綺麗な海が望めるチャペルがいいなァ…!」
「……アホか」
「ああ!?」
「きゃあっ、」
ぼそりとこぼされたゾロの言葉にムッと反応したサンジは顔をぐいっと彼に近づけるから、ゾロの隣にいたアリエラの身体にどん、と当たってしまった。身体の小さいアリエラは、その反動でぐらりとバランスを崩してしまうから海に落ちかけてしまった。
「アリエラ!」
「危ねェっ、」
「きゃ!」
能力者のアリエラは海に落ちたらもうあとは沈むだけ。ぞっと襲われる恐怖に、ぎゅうっと目を瞑り耐えると、低い声が轟き次の瞬間にはぽすっと大きな胸板に顔を収めていた。
「あ…ゾロくん…」
「ったく。危ねェだろうが、コック!」
「アリエラちゅわんごめんねえ! こいつが脆いせいでキミを巻き込んじまったなんて!」
「てめェがいきなりふっかけてくるからだろうが!」
「やめなさいって! またアリエラ巻き込むつもり!?」
「こんな狭ェボートの上で喧嘩すんなよぉ!」
「にししっ、ゾロとサンジは仲良しだな!」
ナミの拳骨により、二人の喧嘩は見事鎮火したのだがその衝撃に海面が大きく揺れて、また不安定な波乗りがはじまる。
「おいコラ揺らすなよ、ナミ!」
「仕方ないでしょ! こいつらが喧嘩するから!」
「ゾロくん…、ありがとう」
「いや…。落ちねェでよかったな」
「うん」
胸の中に収まったままのアリエラの顔には薄いヴェールに囲まれていて、おまけにウエディングドレスという愛の礼服にぐっとなってしまう。そりゃあそうだ。ゾロだって年頃の男の子。惚れた女の子のウエディングドレス姿は、やはり目が脳髄がくらっとしてしまう。水着に続いてこれだから、余計に。
「ふふ、ゾロのそのお洋服、かっこいいわね。あなたによく似合ってる」
「……」
胸の中で、目を細めたアリエラの素直な褒め言葉に思わず胸が大きく高鳴ってしまった。まさかまさか、そう捉えていただなんて。かっと熱くなるのを感じて、慌ててそっぽを向く。「おまえも似合ってる、」と小さくこぼすと、彼女ははっと目を見開いて、それからふわりと微笑んだ。
「ゾロにそう言っていただけるのって、特別に聞こえるからすっごく嬉しいの」
「……っ、どういう意味だよ…」
そこにはきっと、深い意味──一緒だったらいい。と願っている意味はないってわかっているが。“特別”の意味にどうしても強く反応してしまうのだ。図ってやっているのかと疑いたくなるくらいに不思議なことばをくれるアリエラをそっと胸から離すと、白鳥の首にしがみついている船長がだらけ切った声をあげた。
「なあ〜〜。ここはどこなんだ?」
「分かんないわよ。海図も方位磁石も全部船ごと盗まれたんだから」
「おれの刀もだ。クソ…ッ」
「私も鞭を置いてきちゃった。指鳴らしで平気かしら」
「靴もねェんだ」
自身からなにかしらの音の合図を出せば、主人に反応して薔薇の花びらは衝撃波を生む。鞭は咄嗟な攻撃を交わす、言わば盾みたいなものだ。あれがないと不安だけど、でも能力者だから何とかなるだろう。
サンジも同じで。履き慣れた靴ではないため、いつものような威力を瞬時に出せるか気がかりなようだ。
「あんた達ね! 追いかけるのはいいけど、何で準備も無しに海に出るわけ!?」
「ああっ、コラナミ! 立つな!」
「きゃあっ!」
「あ、アリエラごめん」
「おれ達にも謝れよ!」
大きく揺らしてしまったために波がじゃぷりと跳ねて、ボートの中に飛び散る。能力者であるアリエラは反射的に身を守るように頭を腕でガードしている。幸いにも、力は奪われなかったが。一方、ルフィは呑気すぎるためにこの揺れにさえ、けらけらと笑っていた。
「おれが支えてやる、アリエラ」
「おれが抱きしめてお守りいたしますよ、プリンセス」
身を縮める彼女の姿に、放っておけなくなったゾロとサンジはぽっと言葉をもらしたが、それも奇遇なことに全く同時で。さっきの喧嘩の余韻がまだ残っている二人は、「「ああ!?」」とますます額に血管を浮かばせた。
「てめェ、しゃしゃってくんじゃねェぞ!」
「そりゃてめェがだよ! おれが支えてやっからてめェは大人しくしてろ!」
「レディの扱いがなってねェてめェに任せられるか! アリエラちゃんは小柄なラブリィレディなんだぞ! てめェの力で折れちまうかもしれねェだろうが!」
「アリエラ相手にそんな力出すわけねェだろ! なァにがレディの扱いだ。おまえはただ鼻の下伸ばしてるだけだろうが」
「んん〜〜……」
アリエラに海水がかからないように、と彼女を真ん中に座らせて右側にゾロ。左側にサンジと座っていたから、またまたアリエラは板挟み状態となってしまう。えへへ…と苦笑いしつつも、ナミに助けを求めると、「あんた達しつこいわよ!」ともう一度強烈な雷が落ちたので、二人はびくっと肩を震わせて口を噤んだ。
ナミさんからのお叱りだ。なんて、サンジはどこか嬉々としつつふっと視線を投げると、左舷前方に激しくあぶく立つ海面が飛び込んできて、はっと目を見張った。立つ波に紛れて見えるのは、子供の小さな頭と手だ。
気づいたと同時に、先頭に腰を下ろしていたルフィも慌てた声をあげた。
「おい見ろ、子どもだ!」
「溺れてる!」
「きゃ、可哀想…!」
「どどどどうすんだ…!?」
水着を着ていなかったルフィ以外の全員、礼服という重たい服を着ている。そのため、自分自身も水に取られて海底へと引きずられてしまうかもしれない。だが、その未知を危惧するよりも今目の前で助けを求めている命の方がずっとずっと大事だ。何とかなるだろう、とサンジは意を決して海へと飛び込み、重く絡みつく海水を振り払いながら必死で泳いで子どものもとへと向かっていく。
「おい、大丈夫か!?」
近づくにつれて、サンジが大きく声を上げると、ふっ…と溺れていた男の子がもがくのをやめて口角を上げたのだ。僅か刹那の出来事だが、異変をすぐに察知したサンジが後ろを振り返ったその瞬間──。
「「うおおお!?」」
「「きゃああ!!」」
海底から大きな仕掛けあみが浮上して、海面に浮かぶサンジとクルーを乗せた白鳥のボートごと捕獲されたのだった。何が何だかわからずに、激しい動揺を抱いていると背後から接近してきていた中型船の中から「引っかかったな…」とささやく声が風に乗って、クルーの耳に届いた。