ねじまき島の冒険 3/9P


強い日差しが海の煌めきを輝かせている正午。
すっかりビーチに打ち解けたビキニ姿のアリエラを筆頭に、みんながそれぞれバカンスを楽しんでいた。まだ太陽が薄光をまとっているころは、ルフィとウソップとゾロ三人でビーチバレーをしてわいわいやっていたのだが、今はそれぞれ自由に一人でそれぞれのバカンスを満喫している。

ナミはビーチベッドに横になっていて、アリエラは砂でお城作り。ウソップは浮き輪を腰にはめたままビーチボールを弄んでいて、ゾロはどこまでもゾロらしく、ビーチであるのに筋トレ中。そんな静かなひと時の間、木陰で本を読んでいたサンジはむくりと立ち上がった。

「ナミすわァ〜ん! サンオイルをお塗りしましょうか」

にっこにこ笑顔で駆け寄ってくるサンジに、ナミは閉じていた眼をうっすらと開ける。今日は肌を焼きたくて、一応サンオイルをひそめてきていたのだけど、どうやらそれがサンジに見つかっていたらしい。頃合いを見計らって、こうして声をかけるのを待っていたのだろう。本当はアリエラに塗ってもらうつもりだったけど──。

「おっとやべェ、!」
「きゃ! もう、ウソップ気をつけてったら! お城が壊れちゃうじゃない!」
「悪ィ悪ィ。つーか、またすげェ出来だな、さすが芸術家」
「えへへ〜。すごいでしょう? 天才芸術家って呼んで

アリエラはどうやら、作品作りに忙しいみたい。
ウソップ、砂浜に埋めてあげる〜! お、いいな! 砂浴ってやつだろ? やろうぜ!
談笑しているアリエラの姿をちらりと横目みて、ナミはふっと笑みををこぼす。ウソップとアリエラは同い年ということもあり、とても仲が良いのだ。焼くなら太陽が照りついているこの時間帯がベスト。仕方ない、サンジ君に頼みましょう。そう決めて、むくりと体を起こす。

「じゃあ、お願いするわ」
「かしこまりましたっ!」

嬉々として表情を歪めるサンジから“下心”という文字が透けてみえる。それを今は知らんぷりしてうつ伏せになり、背中で揺れていたリボンの紐先を引っ張った。

「ああッ、美しいお肌だ…
「はあ…。そこにサンオイルがあるから、背中だけお願いね」
「はぁ〜〜い!」

まるで聞き分けのいい子どものようなお返事に、ナミはもう一度ハアとため息をこぼす。

「では、失礼します!」

手にたっぷりとオイルを滴らせると、傷一つない綺麗な背中に塗っていく。オイルとナミの上質なお肌に、思わず綻んでしまうほどにいい心地。

「うおお〜 ナミさんのお肌、なめらかだ!」
「おっと手が滑った。なんてことしたら殺すわよ」
「はぁ〜い…」

さっきよりも、随分と弱々しいお返事にナミは、やっぱり。と胸のうちで毒付いた。でも、さすがコックさんでレディの扱いを心得ている彼。繊細で丁寧な手の使い方は、うっとりしてしまうほどに気持ちが良くって、ナミはふっと口角を緩めて軽く眼を閉じた。


「ふんっ…、ふんッ…、」

素晴らしい白浜ビーチにいるというのに、似つかぬ声が断片的に上がって、ウソップとアリエラは砂を掘る手を止めて、互いに顔を見合わせた。さっきまで瞑想をしていたゾロが、背中に重し袋を四つほど乗せて、腕立て伏せをはじめたのだ。

「またすげェことはじめてんぞ、ゾロのやつ…」
「こんなビーチで筋トレだなんて…、さすがゾロくんだわ」

海に入ったり、砂浜で遊んだりしないで、船の上でもひたすらにしている筋トレを愉しむだなんて。尊敬を通り越して呆れてしまう。今回は身体を休めるためのバカンスだというのに──。
だけど、ゾロにはそんなバカンスなど必要なかったりするのだ。サボっていたら、筋肉も心も緩んでしまう、こんなのでは世界一の大剣豪になれるはずがない。そんな大きな心持ちから生まれる行為なのだが、実は今回ばかりは煩悩から派生した、という裏事情もあって。
そう、アリエラのビキニ姿を見て疼く胸を押さえるために、こうしてせっせと励んでいるところもあるのだ。アリエラに惚れている。そんな彼の恋事情を知らないために、二人はむむむと困り眉。

一方、ルフィは少しばかり海に浸かっている岩の上に腰を下ろして、手の中に収められているものをじーっと見ていた。

「なあ〜! おもしろいもん拾った! 来てみろよ〜!」

それは、風車型のおもちゃだった。ぜんまいをまわすと、風車の羽根が回転する仕掛け付きのもの。その仕掛けが面白くって、ルフィは何度も巻いては眺め、巻いては眺め。を繰り返している。
集中して見ていると、まっさらな大海原にふっと影が差し込んだ。つられるように顔をあげてみると、裏港に隠していたはずのゴーイング・メリー号がぷかぷかと心地良さそうに海を走っていて、意識を手元から船へと移した。じわじわ、笑みを作っていく。

「ああ〜! なんって素敵なバカンスなんだ!」
「それはいいけど、分かってる? 私たちは一応賞金首なのよ」
「お〜い、みんな! 見てみろよ!」
「って、ナミ! お前が一番のんびりしてんじゃねェか!」
「いいじゃない、ねえアリエラ」
「うん! だって、バカンスなんだもの。のんびりしなくっちゃ」
「なあ、ほら見てみろよ! ゴーイング・メリー号!」
「ほら。そんなに急いでる旅じゃないんだし」
「そうだ、アリエラちゃんとナミさんの言う通りだぜ。ってことだ、アリエラちゅわんにもサンオイルを塗って差し上げましょうか
「私も焼きたいけど…お顔がえっちよ、サンジくん」
「ああああ〜〜ッ幸せだあああ!!」
「うっせェな、あのコックは!」

しゅん、とアリエラの元まで飛んできたサンジは、鼻の下を伸ばしていて彼女におでこをぴんと弾かれた。じわりと触れた指に目をハートにして喜びを大にして叫んでいる。そんななか、またルフィの声が穏やかに広がった。お〜い! なあ、見てみろよ〜!

「さっきからなに言ってんだ? ルフィ〜」

いいかげんあまりにも続く呼びかけに、みんながふっと顔を上げて彼を見やると──。その先の煌めいた海に浮かび、進んでいくGM号にぎょっと瞠目する。
大きく弧を描いて、てっぺんで誇り高く立っている海賊旗を靡かせて、確実に真っ直ぐただっぴろい天と地の境目に突き進んでいる。船の主人であるクルー六人全員この砂浜にいるのに──。ルフィ以外のクルーはみんなそれぞれ驚嘆をもらしながら立ち上がって、浅瀬まで走っていく。

「「ゴーイング・メリー号!!」」
「やっぱ、あれだよなあ! あの海賊旗がいいよな! さっすがアリエラだなぁ!」
「バカ野郎! なに呑気なこと言ってんだ!」
「う、嬉しいけど今はそうじゃないわ、ルフィくん!」

茫然としつつ、ゾロとアリエラからツッコミが入るが、それでもルフィは船が勝手に動いている意図に気がついていない。なんとも鈍い船長である。

「盗まれたんだ、泥棒に!!」
「なに!? 盗まれた!?」

大事な船が遠のいていく姿に頭を抱えるウソップのこぼした言葉で、ようやくルフィは気が付いて、大きな目をさらに丸めてひっくり返った声を響かせる。と、すかさず「遅ェよ!!」とゾロとウソップの重なった低音が彼を貫く。

「こんにゃろぉぉお!!!」

さっきとは一変して、怒りに満ちたルフィはさっと立ち上がり腕をぐ〜〜ん、と伸ばすが、いくらゴム人間だとはいえ限界がある。前進を重ねたGM号まで届かずに、虚しく空を切るだけだった。気がつくのがあまりにも遅すぎたのだ。

「くそお! カヤからもらったGM号が!」
「どうしましょう…!」
「泥棒の私から盗むなんて、冗談じゃないわ!!」

きっと、あのGM号の中に誰かがいるはずだ。その人物に向けて、クルーは全員声を揃えて「返せーーーッ!!」と叫ぶが、忿懣をたっぷり孕んだ声は正反対に穏やかに美しく煌めいている海原に落ちるだけだった。