ねじまき島の冒険 5/9P


「ご苦労だったな。アキース」

背後から男の声と影が忍び寄った。
漁師網にくるまったクルーは、男の乗る船の船首に宙吊りにされていて、ぎゅうぎゅうと身を寄せ合っているために息も態勢も苦しい。

「楽勝楽勝! こいつらバカだから簡単に騙せたよ!」

アキースと呼ばれた少年は、溺れたふりをしていたのだ。
海賊を捕まえると、もがきをやめて、すいすいと器用に泳いで船に乗り上げた。

「チキショーッ、あのガキッ!!」

助けるために身を呈したサンジは、水で干からびた煙草を噛み締めながら忌々しく目を細めて吐き捨てる。

「しかし、しけた連中だぜ! 見たとこ金目のもの、何も持ってねェよ」
「ハズレかよ…チッ。貧乏人か」

アキースの言葉を受けて、青年はわかりやすく首を振ってため息を吐いた。
相手が貧乏人と分かれば、彼は結んでいた網の紐を解いて解放する。突然宙に放たれたクルーは、下位にいたルフィから順にばたばた船上に落ちていく。

「うっ、」
「いでッ!」
「きゃあっ!」
「うッ」

ルフィとウソップは思い切り顔を打って伸びているが、サンジたちはスタイリッシュにとん、と足から地に降りた。が、上位にいたアリエラは咄嗟に足を伸ばすことができなくて、ゾロの上に落下をし、二人同時に甲板に倒れてしまった。

「いって…っ」
「いたたぁ…あっ、ごめんなさい…!」

真っ白なドレスのレースのせいで、下からゾロくんの声?と小首を傾げたアリエラだったが、自分がしてしまった行為にすぐに気がついたみたいで、慌てて飛び退いた。

「ごめんね、ゾロ。痛かったわよね」
「いや……大丈夫か?」
「え、私? 私は大丈夫」
「そうか。ならいい」
「ええ……怒ってくれてもいいのに」
「あ? 何で怒る必要がある。たまたま場所が悪かっただけだろ」
「そうだけど…またゾロに助けてもらっちゃった」
「だから別に構わねェ。……受け止めたのがおれでよかったくらいだよ」
「……!」

ぼりぼりと照れ臭そうに頭をかくゾロに、青い瞳を大きく見開かせた。
この頃、どうしてか。ゾロからこういったことばをもらうようになって、時たま思考を巡らせてしまう。そのことばには、一体どんな意味が込められているのかしら…。

アリエラが耽っているそばでは、サンジを筆頭にクルーは怒りを見せていた。

「何なんだ、てめェらは!」
「てめェらこそ何なんだよ。ああ、おれたちか?」

じろじろと見定めするように、声を上げたサンジたちを見やり、ふふんと口角を上げてアキースを頷き合った。

「「宝を求めて航海を続ける泥棒兄弟!!」」

二人、息を合わせてジャンプをし、甲板から欄干へと飛び移る。

「ボロード!」
「アキースだ!」

しゃきーん!と両腕を天に向ける二人。ボロードと名乗った方が、ルフィ達より少し上くらいの青年で、アキースと名乗った方が、まだ10歳にも満たない男の子だ。

「泥棒兄弟〜?」
「なんだそれ」
「あなた達、泥棒して暮らしているの?」
「ん?」

思考から戻ってきたアリエラは、きょとりと訊ねる。
ふっと耳に飛び込んできた花の色に、惹かれるように目を向けると、真っ白のドレスに包まれた美しい少女が立っていて。ボロードは「うおお!」と声を荒げた。

「何っつー美少女! え、本物!?」
「おいコラてめェ! なにアリエラちゃんに鼻の下伸ばしてんだ! おろすぞ!!」
「おまえみてェだなァ。コック」
「うっせェ!! こいつは見知らぬ奴だぞ!」

人のこと言える義理かよ。と突っ掛かれば、当然反論が返ってきた。
ゾロ自身もムッとしたのは事実だが、バギーの頃からこいつはこうだった、こういう星の元に産まれちまったんだろう。ともう半分開き直っている、まあ、もちろん。だからといって良い気はしないが。

「泥棒って……ガラクタばっかじゃない」
「なんだ。大したことないコソ泥か!」

あたりに転がっている宝箱の中身を確かめていたナミは、甲板に散らばっているものが錆びたコインや石炭だと気づき、泥棒ねえ…と呆れている。ウソップは、どこか安心してほっと息を吐いた。

「うおお! こっちにも美少女!」
「ナミさんにまで鼻の下伸ばすんじゃねェ!!」
「コックみてェだな」
「だから一々うっせェんだよ!」
「あひゃひゃひゃひゃ!」
「…喧嘩してる場合かよ〜、ゾロサンジ〜!」
「ハア…。ほんとうるさい奴らね」
「ふふふ、賑やかで楽しいじゃない」
「賑やかぁ〜?」

騒音じゃない。と二人くすりと笑い合っていると、“コソ泥”だと侮辱された兄への怒りにアキースは怒号の声をあげた。

「そんなことねェ! ボロードをバカにするなよ! ボロードはねじまき島のダイヤモンドクロックを盗んで世界一の大泥棒になる男だ!!」
「ダイヤモンドクロックってあの!?」

きらりと目を輝かせたのは、元海賊専門泥棒だったナミだ。

「ナミ、知っているの?」
「ええ、もちろん! 最高の宝石と最高の技術で作ったという世界一高価なカラクリ時計よ!」
「へえ、そんな時計があるのね!」
「さっすがナミさん! 物知りだ!」
「それを盗むくらいなら、確かに世界一の泥棒かもな」
「なんだ。だったらおれと似たようなもんだな!」

大きな目を細めて、にいっと笑うルフィにボロードはふっと瞳を向ける。

「おれは海賊王を目指してんだ!」

にしし、と屈託のない笑みで大きな…あまりにも大きな野望を吐くルフィの背後にひっそりと佇んでいるのは、三人用の白鳥ボートでボロードはきょとんと交互みる。

「海賊……海賊王? この船でか?」
「「んなわけあるか!!」」

訝しんで、正気か?と逆に心配そうな目を向けるボロードに、ルフィとウソップが威勢のいいツッコミを入れる。

「私たちの船、盗まれちゃったの……」
「ったくどこのクソ野郎だ……」

ボートの前でしゅんと柳眉を垂らすアリエラに同調して舌打ちをするサンジ。二人の背後でずっと無言を保っているゾロは、僅かに双眸を細めて鋭い眼光でボロードを見つめている。

「おまえたちの船って、まさか麦わら帽子のドクロマークの船じゃねェか?」
「え、おまえ知ってんのか?」
「ああ。トランプ兄弟のところでな」

珍しいドクロマークだと思った。だから頭の奥にひっそりと留めておいた船の記憶を追憶して、ぼそっとこぼすボロードに「トランプ兄弟?」と珍しく話をきちんと聞いているルフィが反芻する。

「ねじまき島を根城に、この辺りを荒らしまわる極悪海賊団だ。おれが狙っているダイヤモンドクロックもそいつらのところにあるのさ」
「極悪海賊団……」
「ほら、これが手配書だ」

色褪せ古びた紙切れを付近にいたルフィに手渡すと、興味を持った全員が左右から覗き込むようにぱらぱら捲られていく賞金首たちを見つめている。

丸くでぶでぶとした「ブージャック」
ツインテールの金髪美女「ハニークイーン」
賤しい笑みを浮かべている細男「スカンクワン」
額から頬までに縫い傷のある「ピンジョーカー」
そして、船長。ハートマークを額に描いた毛深い男「ベアキング」

確かに海賊というよりかは“コソ泥”と称する方がふさわしいようにもみえて、その懸けられている金額にゾロとサンジはフンと鼻で笑い「たいしたことねェな」と声を重ねた。
また同時に吐いてしまったことばに二人はひどく反応を示して、「なにてめェは偉そうなこと言ってんだ! 大したことねェっつーのはな!」「てめェこそ寝ぼけてんじゃねェぞ!」などと言い合いをはじめてしまって、ナミとアリエラはため息をこぼす。

「本当に仲良しね、ゾロとサンジくん…」
「もうほっときなさい」

一方、ルフィはベアキングに興味を持ったみたいで、「お、こいつイカついな!」とけらけらしている。

「みて、この女の人とっても可愛いわ」
「ああっ、ホントだ! キレーなお姉さん
「おまえら何喜んでんだ! 自分の船盗んだ奴らだぞ! 普通怒るだろ!?」

とても変わった反応を見せる海賊たちに、イカれてやがる…。となぜか怒気に似た不愉快さを抱いてしまう。こっちがキレていると、ずっとぼーっとしていたアキースが「あっ!」と大きな声を海に投げた。

「ボロード、あれ!」
「ん?」

ぐいぐいと服の裾を引っ張られて、海を望んでみると前方にはぷかりと気持ちよさそうに浮いている海賊船がいて。それも噂をすればご当人。相手はくまの海賊旗を掲げている。

「あ、アレは……!」
「わあ、可愛い海賊旗ね!」
「「おいおい」」

風になびいている海賊旗は、アリエラの大好きなくまをモチーフにしていて。彼女は手を組んで目を輝かせているから、ゾロとウソップは乾いた低音でアリエラにつっこみを入れた。
相手を目にしてまでも、能天気な麦わらの一味を背後に、ボロードは「トランプ海賊団だ……」とどこか深刻な焦燥を抱いていた。