ONE PIECE 9/13P


 険しい崖道を何度か超えて、ルフィたちは漸く山頂にたどり着いた。ここは、この島で一番高い場所。そう、ウーナンがいると、ウーナンの黄金が眠っているとされている場所である。
 ここは随分と標高も高く、時々乾いた強風に煽られる。身体の小さなトビオのことが、度々気がかりになっていたアリエラとナミだが、どうやらそれも杞憂に終わってくれた。最後の坂道を上り切ると、頂上の丘の上には藁屋根の家がぽつんと佇んでいて、それを見つけたルフィは「小屋だ!」と明るい声を上げた。
 
「こんな場所に本当に小屋があるだなんて!」
「ウーナンがここに…!」
 
 それを見つけたアリエラとトビオも目を輝かせる。
 いち早く小屋の中を確認しようと、ルフィたちは小走りで駆け上がり、勢いよく扉を開ける。中には、ウーナンの姿。または、山ほどの黄金があるに違いない!
 期待に胸を膨らませる一行だが、扉の内側から飛び込んできた景色は冷たく殺風景なものだった。
 
「ん?」
「なんもねェじゃねェか」
「そんな……」
 
 もはや、家とは呼べないほどにがらんとしていて、隙間風もあちこちから差し込んで来る。ルフィは飛ばされそうな麦わら帽子を押さえながら、中へと踏み入れた。それに続き、ウソップとトビオも。
 
「あっちにもお部屋があるわ。みてみましょう」
「あら、本当」
 
 玄関開けてすぐの大広間の右隣に小さな通路がある。納屋のような小部屋なのだろう。
 アリエラとナミのブーツの音が、違和感を覚えるほどに家の中に響いている。二人が、ひょっこりと顔を覗かせると、やはりこちらの部屋にも何にもなくて、互いに顔を見合わせた。
 
「こっちもカラよ!」
「納屋みたいだけど、何にもないわ」
 
 もう一度、大きくヒール音を鳴らして大通りに引き返してくるナミとアリエラの口から出たことばに、トビオは「そんなぁ…」と小さな肩をがっくし落とす。岩蔵も、殺風景すぎる部屋の中を隈なく歩き観察しているが、ウーナンがいたという痕跡は当然、見つからなかった。
 
「どうなってんだ? この家」
「あんな苦労して登ってきたのに、なんもねェのかよ〜」
 
 何度か死ぬ思いもしたと言うのに。
 ウソップも両眉を下げて、大きくため息をこぼしている。ぶるりと身を震わせたくなるほどに、変な寒さを感じるのは、がらんとした屋内だからだろうか?
 
「椅子もテーブルも何もねェ。あるのは何の変哲もない暖炉が一つ……ん?」
「どうしたの、ゾロ」
 
 玄関から見て真っ正面先の壁に、シンプルだが緻密なデザインが彫られている暖炉がただひとつ。ぽつりと置かれている。どこの家にもあるような、ただの暖炉。のはずなのだが──。
 大きな違和感を抱いたゾロは片眉を上げながら、そこへと近づいてみるとやっぱり。
 その暖炉はとてつもなく大きいのだ。180cm近いゾロを優に超えている。
 
「わあ、大きな暖炉ねぇ!」
「アリエラ、そこ退いてろ」
 
 アンティークなデザイン、巨大な暖炉に嬉々として近づいてきたアリエラに一声かけると、ゾロは暖炉の左側に立ち、それを思い切り横にスライドさせた。
 
「「おお〜〜!!」」
 
 押しのけたその先の壁にはなんと、地下通路に続く大きな空洞とそこから下へと伸びる階段が存在していて、一同(特に、ルフィとウソップ)はあんぐりと口を開けて目を剥きながら称賛の拍手を送っている。
 
「よくやった、ゾロ!!」
「すごい仕掛けだ! よく気づいたな、ゾロ!」
「あんだけデカけりゃ気づくぞ、普通!!」
 
 だって、ゾロの倍はある暖炉だったのだ。標高の高く、冷える地帯だとはいえ、あまりにも大きすぎる。普通なら、そこに何かしらの懐疑を抱くはずなのに。ゾロは思わず怒鳴ってしまうほどに、逆にルフィたちに驚いている。
 
「でもでも、こんなに大きな暖炉を片手で押せるだなんて。ゾロくんはやっぱり力持ちね、すごいわね!」
「…そうでもねェだろ。こんくらい」
 
 キラッキラな青い瞳を向けられると、この頃どうも調子が狂ってしまう。最初は何とも思わなかった、ただの女。だったのに、ふとした瞬間に目で追ってしまっていることがあるのだ。
 ゾロには検討もつかない不思議≠セが。
 ちょっぴりしどろもどろになっているゾロの素振りに、気づいた岩蔵はふん、と口角を上げて鼻を鳴らした。
 
「へぇ、隠し通路だなんて。さすがウーナンね。凝ったことするわ」
「おっ、見ろ! こっちから下に降りれるぜ!」
「この下に…ウーナンがいるかもしれねェ!」
 
 一度は絶望に陥ったトビオだが、一転した展開に胸にときめきが蘇った。それは、トビオだけでなく、ルフィたちも、もちろんおでんを食べてもらいたくてここまで必死に登ってきた岩蔵も。いくら標高の高い場所だといえ、不自然なほどに寒さを感じたのはこの地下室が原因だったのだ。
 みんな笑みを浮かべながら、階段を下ろうとした、その瞬間。ゾロの警戒の線に嫌な気配がぶつかった。これは、冷たい刃のものだ。
 
「伏せろッ!!」
「きゃっ!」
「え?」
「ん?」
 
 突如、室内に反響したゾロの劈くような低い声。
 近くにいたアリエラは勢いよく押し倒される。みんなも反射的にさっと身をかがめた刹那、頭上に大きな音が鳴り響いて、視界は暗転。次に光が差し込んできた時には、外の空気に照らされていた。
 今までひんやりとした室内にいたはずなのに。上を見上げれば、眩しく太陽が輝いていて、びゅうと吹く風が肌身を掠める。
 
「う……」
「いたた…」
「なな、なんだなんだっ…!?」
 
 痛む身体を押えながら、呆然と身を起こすルフィにナミにウソップ。
 
「あっ…ゾロくん…! ごめんなさい、また庇ってくれたなんて…」
「気にすんな。たまたま近くにいただけだ」
「大丈夫か、トビオ」
「う、うん……」
 
 アリエラはゾロに、海賊たちとは少し離れた場所でトビオは岩蔵に守られていて。それでも微かに痛む体に目尻を垂らしながら、きょろりと辺りを見回す。砂の上には大量の壁くずや藁が散らばっていて、ここで漸く置かれた状況に気がついたのだが、どうやら何者かによって一瞬にして家を崩壊させられたいみたいだ。
 ふと、目の前に大きな禍々しい気配を感じた。トビオは岩蔵のあたたかな胸の中でもがき、その正体を真黒な瞳に映すと、は…っ。と息を飲み込んだ。
 
「エルドラゴ……!」
 
 この崩壊を起こした悪はやはり──。
 苛立ちを含めた赤髪の大男の表情に、トビオは岩蔵の腕の中でぶるりと震える。
 
「“クジラが西向きゃ尾は東?” 嘘ばっかりじゃねェか!」
「う、やべ……」
 
 トゲトゲしいその色は、少し離れた場所にいたとはいえ、もちろん暗号を解いた張本人であるウソップの耳に届いていて、たちまち顔を青くして瓦礫の隙間に顔を隠す。
 
 
「……」
「うう……」
 
 目の前で立ちはだかる巨体の男から、大切な孫を守るために岩蔵は抱きしめる腕に力を込める。
 その時、瓦礫をかき分けていたエルドラゴの子分がやけに明るい声を辺りに響かせた。
 
「エルドラゴ様、入り口が!!」
「こんな場所に地下室がありますぜ!」
 
 にんまり、悪巧みな笑顔を浮かべるのはGM号に潜入したあのコソ泥三人衆だ。瓦礫に埋まっていた地下室への入り口を見事に探り当てて、エルドラゴは褒めるように柔らかな声を上げた。
 
「へへ。黄金はそこか! よし、てめェら! 運び出せ!!」
「「よォ〜し!!」」
 
 腕まくりをして気合を入れる部下たち。
 あの地下室は、トビオにとってウーナンに繋がる唯一の希望だ。その場所を、憧れの男がいる場所を荒らそうとすることがどうにも許せなくって。
 
「やめろォォ!!」
 
 気が付いたら、トビオは立ち上がり、エルドラゴに向かって突進をはじめていた。その幼い身体で大男を倒す力など、到底あるはずがない。
「トビオくんっ!」とアリエラの悲痛な叫びが響く中、エルドラゴは相手が子どもだということなど関係なく大きく腕を振るい上げて空中で黄金の爪を光らせた。
 
「……!」
 
 孫が目の前で殺されるところなど、黙って見ていられるはずのない岩蔵は瓦礫の中から必死で抜け出して、トビオの前に立ち塞がり、エルドラゴの激しい爪さばきを真正面から受けてしまった…。