ONE PIECE 8/13P


 ウーナンとそのお宝に会うため、ルフィたちは今崖山を登っている最中。
 エルドラゴにバレないように遠回りをして、何とかここまで辿り着いたのだった。真下まで来てみると、そのあまりの高さに怯むトビオだったが、これを乗り越えずしてウーナンの弟子にはなれない、と自分を奮い立たせていた。
 それは、非力な女の子であるナミとアリエラも同じで、一番力のあるゾロに度々手を引いてもらいながら崖を登り続けていた。
 
「ごめんね、ゾロくん。ご迷惑かけちゃうわ」
「気にすんな。それより、落ちるんじゃねェぞ」
「ええ、大丈夫!」
 
 ルフィを先頭に、トビオ、ウソップ、ナミ、アリエラ、ゾロの順で今はとても足幅の狭い崖道を横づたいに歩いていた。もちろん、命綱なんてものはなく、強風が吹き荒れたら簡単に吹き飛ばされてしまいそうな程に不安定な場所。
 ちらり、と真下を見下ろしてみればその高さに全身の毛が逆立ってしまう。
 
「風が強ェな、気ィつけろよ!」
「こ…この崖さえ登ればきっと、ウーナンに会える……!」
 
 トビオの踏ん張りの一言に、ゾロは胸のうちで「生きていればな」と呟いた。一方、ナミも「どっちにしろ、お宝は頂きよ」とほくそ笑んでいる。
 あれほどの大海賊のウーナンの情報、消息がぱたりと止んでしまったのだ。トビオには言えないが、生きている蓋然性はとてつもなく低いのは確か。
 それでも信じて前へ進んでいくトビオは、その小さな手で石崖を上手く掴めずに、一歩踏み出した途端に縋るものがなくて、足を滑らせてしまった。
 
「うわっ!!」
「うおっ、危ねェ!」
 
 視界からするりと抜けていくトビオを、ウソップが考える前に伸ばした腕で受け止めた。彼の反射神経が功を期し、トビオは落下せずにすんだのだ。ほっと大きなため息を吐くと、小さな彼の心臓がひどく音を立てているのがウソップの腕にも伝わってくる。
 
「おい、大丈夫か?」
「ガキにはキツかったか」
 
 最後尾にいるゾロが、ぽつりと言葉を投げると、トビオはむっと両の眉を吊り上げてウソップの腕で大きくもがいてみせた。
 
「そんなこと…ない! これぐらいでへばってたらウーナンの子分なんかになれないんだ!」
「暴れんな、落ちるぞ!」
 
 トビオもだが、自分もバランスを崩して二人一緒に地も見えないほどに高いこの場所から落下して死んでしまう。ウソップが恐怖に眼を見開かせてトビオにストップをかけると、彼も今自分が置かれている状況を思い出し、はっと息を飲み落ち着いた。
 
「随分登ってきたものね。どこかで休憩できないかしら?」
「そうね。もう少し進んでみましょう」
 
 幼いトビオのことを思うと、胸が痛くなってしまうアリエラとナミ。
 お互い、顔を見合わせて両の眉を下げていると、幅狭な崖の道だというのにサクサク歩いて行ったルフィの「おお〜!」と感嘆な洩らしが耳に届いた。
 
「おい、いいとこ見つけたぞ〜!」
 
 細道を抜けると足場が広がり、その奥には大きな洞窟がひっそりと佇んでいた。ちょうどタイミングよく休憩できる場所を見つけられたルフィは、満面の笑みでひょこっと顔をのぞかせると、視界に映ったモノに足を止めて眼を見開かせた。
 
「ふぅ〜」
「ハァ、なんとかたどり着いたな」
 
 次いで、トビオとウソップも洞窟前まで赴きほっと一息吐くと、やはりルフィと同じように息を飲んで一点──洞窟内の大きな岩に腰を下ろしている岩蔵を見やった。
 
「じ、じいちゃん……!」
「ん…? お前らどうして……」
「まあ…おじさま……!」
 
 驚くのはもちろん、岩蔵も一緒だ。組んでいた脚を解いて、瞳を震わせながら孫と海賊を交互見ている。その間に、アリエラたちも無事に洞窟前に足をつけ、ルフィの言う通りにここで少し休むことにした。
 
 
「そうか…。宝の地図の」
 
 ウーナンの宝の地図。それはあまりにも有名な話なために、岩蔵も疑うことなくするりと飲み込んだ。あぐらかいて座っている彼の頭には何故か、大きな両手鍋が乗っている。落ちないようにしっかりと、頭に乗せた鍋から顎をロープで固定しているが、それでもここを登ってくるのは大変だっただろう。
 
「おっさんこそ、どうしてここにいるんだ?」
 
 誰もが真っ先に浮かんだ疑問をルフィが投げてくれると、みんなが一斉に彼に注目する。ずっと歩きっぱなしだった体を休めるために、腰をおろしている。ひんやりとした洞窟の地面は心地が良くて心なしか、みんなの表情も明るくなっていた。
 そんな海賊と孫をじっと見つめて、岩蔵はぽつりと零す。
 
「……宝を一番高いとこに埋めるのがあいつのやり方≠セった。この島なら、ここしかないと思ってな」
 
 意味深な言い方でキッパリ放った岩蔵に、トビオはキョトンと眼をまん丸くしながら「じいちゃん?」と疑問を乗せながら呼んだ。
 
「おじさま、ウーナンとお知り合いなの?」
「会ったことあるの?」
 
 アリエラとナミの訊ねが、洞窟の中に反響する。跳ね返ってくることばを受け取ると、岩蔵はみんなから目を逸らし瞑りながら答えた。
 
「……あいつとおれは同じ村で、まるで兄弟のように育った」
「「ええっ…!?」」
 
 あの伝説の大海賊とおでん屋を営む岩蔵が、そんな仲だったなんて。ルフィたちはもちろんだが、今までひたすらにウーナンへの憧れを馳せてきた孫のトビオも初耳で、あんぐりと口を開けて岩蔵を見つめている。
 見慣れているはずのおじいちゃんの横顔が、なんだか勇ましく見えるのだ。
 
 ウーナンと同郷だった岩蔵は、彼の父からおでんの作り方を学んでいた。おでん作りの楽しさを覚え、いつしか夢は世界一のおでん屋≠ノなっていくのだが、ウーナンはそうではなかった。彼の父はまた別の顔があり、本職は金鉱掘り≠セったのだが、人生賭けて掘り起こせた金塊は当時幼かったウーナンの手のひらにちょこんと収まるほどのものだ。
 そんな父を恥じたウーナンは、海賊になり見渡す限りの黄金を手にすることを夢見始めて、次第に兄弟のようで親友のような存在であった岩蔵と、価値観や生き方が正反対になってしまったのだ。そんなある日、海岸で互いの夢について熱く語り、合わない価値観が故掴み合いの大喧嘩になったその時、強い風が吹いてウーナンの宝であった海賊旗が攫われてしまったのだ。ハッとした二人は互いを離して慌ててウーナンが旗をキャッチしたものの、そこは脆かった海岸。先端の足場が悪く、ウーナンは海に投げ飛ばされてしまいそうになったが、岩蔵が咄嗟に彼を助けて、「てめェの野望、大切にしやがれ」と最後の言葉を吐いて、ウーナンが必死に自分の名を呼ぶ声を耳にしながら、岩蔵は数十メートルはある海岸の上から海面へと叩きつけられたのだった──。
 
「──で、死んだのか?」
「「生きてるだろ!! どう見ても!!」」
「なんだ、生きてんのか」
「「当然だッ!!」」
 
 全て聞き終えたあと、ルフィは真剣な眼差しで本人≠ノ尋ねるものだから、せっかくの話に浸ることもできずに男性一同が一斉に厳しいツッコミを入れた。洞窟のなか、重なって反響する言葉が情けなく感じてゾロたちはそっと重たいため息を吐く。
 一方、ナミとアリエラはすっかり呆れ返って冷め切った目で船長を見つめている。
 
「もう…。それで、おじさまはウーナンと再会なさったの?」
「いいや。三日間、気を失ったおれが目を覚ましたあとは、もうウーナンが旅立ったあとだった。そしてあれ以来、おれとあいつは会うことはなかった…」
「知らなかった…。じいちゃんがウーナンと知り合いだったなんて」
 
 トビオはまだ半分夢心地のようで、ふわふわしたままほう…、と短く息を吐き出した。
 
「おれの中のウーナンはあの頃のままだ。おれのおでんを食うことをしなかった、分からず屋の頑固モノだ!! だが……今なら食ってくれそうな気がするんだ。おれの命を込めたおでんを」
「命を込めたおでんか…」
「だから、あんなにも美味しかったのね。私、涙が出るほどに美味しい食べ物に出会ったのって生まれてはじめてだったの」
 
 先ほど食べたあのあたたかくて、偉大な味の根元はここにあるのか。なんだか、勝手にほっこりしていると、岩蔵は「さァ、」と大きな声を洞窟内いっぱいに響かせた。
 
「こんなとこでグズグズしてられねェ! おでんが冷めちまう」
「よっしゃ、行くか!!」
「そうだな」
「ええ。黄金もきっとこの上に…!」
「会えるといいわね、トビオくん」
「すげェな、お前のじいさん!」
「う、うん…」
 
 ぞろぞろと立ち上がり、みんなも岩蔵のあとをついて行く。折り返し地点だったみたいで、この先にもまだまだ続く細道や崖の試練をクリアしつつ、一行はウーナンがいると思われる島の一番高い場所を目指した。