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一度死んだ男、楢山(ナラヤマ)は困惑していた。


突如現れたその人物が、無知な者から見ても明らかな程相当な身分の持ち主であり、何故か俺を見て微笑んだから。周りの人たちも俺と同じくらい狼狽えていたと思う。
そして、通された場所が想像していたような牢屋などではなく、無いに等しい知識とイメージで語るならば、貴族しか脚を踏み入れることを許されないような大層豪華な部屋だったからだ。


謁見の間。

楢山をここに通すように指示したのは、その王座に座る王本人。大国──バンラムルデンのサウェス・イエリベル陛下だった。


(この人がここで一番偉い人だ…! )


少し高い位置に置かれた、繊細な装飾の施された椅子に座るその男を見れば流石の楢山にも理解できた。その男の指示だろうか、ここへ来て楢山の拘束は全て解かれていた。けれど日本生まれ日本育ちの庶民、豪華絢爛なこの部屋に縮こまる。先程までのように強制される事はなかったが、自らその場に正座をしていた。


(この人が王様…? どうしてこんな事に…。何か聞かれても分かんないよ俺…)


「リンゴルド、地下に連れて行くつもりだったな? 」


「申し訳ございません。素性が分からない以上、保護という名目であっても地下に置いておくしかないかと思い…。後ほど陛下にはご報告にあがるつもりでしたが、陛下はどこからこの者の情報を?」


「巡回していた団員が風変わりな者を連れて帰って来たと、守衛から報告があった。興味があってな。来訪したのではなく騎士団が発見したとなれば、団長のお前が判断した後で謁見に来るかと待っていたんだが……いつまでも来る様子がない。丁度リンゴルドにも用があって控室まで」


「そうでしたか…。私の判断が遅れたばかりにご足労を、申し訳ございません陛下」


「いや、安全を考えての事だろう。小さな報告でも怠らない、慎重な判断と丁寧な仕事をしてくれる騎士団の皆には感謝しているさ」


楢山がライオンのようだと思った男は、騎士団長のリンゴルド。王様に忠誠を誓うライオンは、頭を下げたとて勇ましく強者の風格を損なう事はない。楢山の斜め前方に立つリンゴルドと、真正面の王座に座る陛下はその後も話し続けた。


楢山はリンゴルドの逞しい背中を眺め、視線を少しずらして正面の王を見る。


(綺麗な顔……綺麗な服着て後ろの椅子もキラキラで美術品みたいだ、本当に同じ人間? 若く見えるけど、やっぱり顔が良いとその分威厳があると言うか、キマるもんだな…)


そして視線を落とせば、畳んだ膝の上にちんまりと乗る己の握りこぶしが目に入る。


(あんなに綺麗で絶対的に偉いであろう人の前で、俺は一体いつまでこうしていれば…。これってどういう状況? 俺は何? あの二人は何の話をしてるんです? 流石にこんな綺麗な場所で殺される事はないよな…そうであってほしいな…)


楢山の両斜め後ろには、第一発見者のアヴェルとキーツが付いていた。陛下の指示で拘束は解いたものの、一応は楢山は今もなお保護観察の対象である。左側に赤髪のアヴェル、右側に金髪のキーツが立って楢山の行動を注視しているが、当の楢山はもはやその二人が側にいることに安心感すら覚えていた。


(俺はこのままここに座ってて大丈夫そう? 一応、即土下座も可能な状態なんですけど…。ダメなら立たせたり、つついてくれたりしないと、俺分かんないからさ……)


ちらっ…ちらっ…と両サイドを見上げれば、どちらともバッチリと目が合った。警戒というよりかは、可哀相なものを見る目だと楢山は感じた。自分が可哀想な自覚は充分にあった。


「見ろ。これまでに私達が見てきた物と少し形は違っているが、あの者が着るのは正装のようだ。それにまだ若い。…何か事情があって言葉も通じぬこの土地へ一人で来たのだとしたら、私と会えもせず地下に入れられるというのはその青年にとってあまりにも不憫だ。そうは思わないか、リンゴルド」


「はい、仰る通りです。まるで群れとはぐれた野ウサギのようで…地下に置く判断をしましたが、私も些か胸が苦しかったのです」


胸に手を当て頭を下げた大男は、慈悲深い己が主君に共感し敬服する。サウェス陛下は優しい、その優しさは強さからなるものだとリンゴルドは思っている。力だけならば誰よりも強い自信があるリンゴルドだが、こういう時、いつも彼には敵わないと思うのだ。若くしてこの国の長となった彼をこの力で護れる事が光栄で、そして今回はその優しさに救われたと言ってもいい。楢山がか弱い小動物に見えて仕方がなかったリンゴルドは、陛下の判断にホッとした。

自分の図体が他人よりも大きい事もあるが、その青年は他の団員のアヴェルやキーツらと比べても頭一つ程度小さかった。背だけでなく、鍛えている我々と違って華奢で小柄だ。陛下が正装のようだと言った、だが正装にしては飾り気のないその服装は彼の体を真っ直ぐに縁取るように包んでいた。それなりに上質な素材なのか、縛ったり跪かせた割に皺にならなかったその服の、生地の濃紺がよりその線を締めて見せている。



大男の心の内でそう評された楢山のこの服。大手チェーン店で買った、フレッシャーズ応援スーツセットだった。

生前、楢山の同期に入社早々オーダーメイドでスーツを作ったのだとイキる男がいたが、いくら肌当たりが良い素材と言えどもそれの手入れは大変そうで、少しでも怠ると皺だらけ。既製品を馬鹿にする彼の見栄えは大体いつも良くなかった。それを見て、大量生産品万歳、安かろう悪かろうではない、むしろ良い、と思う楢山だった。


リーズナブルに揃えられたそれが、今この世界じゃそこそこの正装だと見做され、一つ命拾いをした事に楢山本人は気付いていない。ぷるぷると震え、アヴェルとキーツをそれぞれ交互に、もう三度は振り返ったところだった。


「……なあ、リンゴルド。豪雨が続き河川が氾濫した地域があっただろう。先程、水が引いたのだと知らせを受けた。孤立した地域は治安も悪くなる、支援も必要だ。漸く派遣できる見通しが立ってお前と話がしたいと思っていたところだった。かと思えばこの騒ぎ。何事かと思えば………皆も聞いてくれ。私の中で、この二つが繋がったと言えば異を唱える者はいるだろうか」


「……と、言いますと」


集まった数人の側近らが控え目にもざわつく中、その続きを促すように口を開いたのは、サウェスに最も近い位置に姿勢良く立つ側近のミシエラという男だった。


「国に幸運をもたらす舞い降りた神の子ではないだろうか。記録にも残っている。一度は耳にした事がある者も多いだろう。黒い髪に、よく見れば黒い瞳…。その二つを揃えた者を私はこの目で見たことがない。皆はあるか?この者が現れたタイミング、偶然だと思うか?」


「なんと…そんなまさか…あれは誰が記したかも定かではない御伽話では…しかも何度かあったとされるそれは全て女性の姿をしていたとあったはずです。確かに中性的な顔立ちではありますが、彼は確かに男性で……」


「いつの時代のものかハッキリと明記されてはいないが、百年単位で昔の話だ。今は事情が違うのかもしれない」


「事情、と言いますと」


「彼が元いた世界…天界の、と言えば良いだろうか。どちらかの性に偏った考え方など向こうではもうしないのではないか? 私が生まれた頃には既に我が国も性別に関わらず婚姻が結べるようになったではないか。性別などに捉われない考え方をと民には謳っておきながら、私たちは今彼の性別に捉われ自分達の在り方を見誤ろうとしている。天から来た彼を前に、我々人間はその程度という事…」


「なんと…確かに…では、彼は」


「ああ、きっと、偶然ではない。彼が、天災をも止めてくれたのだ」


偶然だった。

と言うより、楢山本人にその自覚は一切ない。

この世界に迷い込んだ楢山と、止んだ水害。タイミングが揃ったのは事実でも、その因果関係を証明する術はない。しかし関係がないと証明する術もない。ただ一つ言えるのは、楢山が元いたのは天界などではなく日本。何なら本人は初め、ここが天国だと思った。そして今は、もう一度死んで早く天に逝かせてくれとさえ思っている。


(だめだ、赤髪も金髪も何も反応してくれない。目を合わせてもくれなくなってしまった。あーあ、あの王様と周りの人たちは何を話してんだろ。なんにも分かんない。殺すなら早くしてくれ…死ぬ前にこんな豪華な部屋見たくなかった…未練が残ったらどうしてくれんだよ。あーあ、天井がなんて高いこと、高いこと……)


「彼を見ろ…天を見上げている。あの黒い瞳には私たちには見る事のできない空の向こう側が映るのだろう」


「なんと…」


「本当だ…気付きませんでしたが、よく見てみれば黒い瞳…」


「そういえば、アヴェルとキーツが彼を発見した時も、胸の前で手を組み空に向かって何かを祈っているようだったと…」


「なんと…」


なんと、としか言わなくなってしまった従者たち。ならば本当に、と驚きながらも深く納得をしていた。陛下が言うのだ、この場でそれを否定する者はいなかった。

何かを祈っているようだったと言ったリンゴルドの言葉には、サウェスも一緒になって感嘆の声を漏らしていた。祈ってくれるのか、我が国の為に、と瞑った目の奥で感動している。



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