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あ、また死ぬ。車に撥ねられて死んだばっかりなのに、今度は殺されて死ぬんだ…


言葉も通じない武装した男二人に手足を縛られ、ベランダに干されてる敷布団みたいに馬に乗っけられて連行されながら思った。

いや、もう死んでるから死ぬとかなくね? だとかなんとか自嘲するような余裕などなく、馬が駆ける弾みをズガンズガンと全て腹で受け止めていた。その度にうえ、うえっとえずき、舌を噛んでは呻く俺を見かねたのかもしれない。俺の荷物番をする男が、馬の手綱を握りながらも途中から片手を貸してくれた。胴体に巻かれた縄を掴まれ少しだけ持ち上げられると、腹に掛かる負荷が軽くなって幾らかは衝撃もマシになった。

その時にも男は何かを喋っていたけれど、やっぱり何を言ってるか分からなかったし、二頭いる馬はどちらも白くなんてなかった。







「 おい、いつまでそうしてるつもりだ。降りろ 」


「う゛、ぇ、うぇぇ、痛い…きもぢわるい……こんなん死んだほうがマシ……ああ、なんちゃって、もう死んでるんだった………」


「 ……相変わらず何て言ってんのか分からないな。聞いたことないぞ、こんな言葉。おい、降りろ。聞こえねぇのか 」


「 アヴェル、待てって。こっちが分からないんだ、この男だって俺たちが何を言ってるのか分からないんだろ。それに見ろ、弱り切ってるじゃないか。まともな抵抗もしなければ武器らしき物も持っていない。そんな相手にちょっとこの運び方は雑過ぎたんじゃないか? 」


「 普通に乗せたところでどっちにしろ荷物にしかならなかっただろ。ほっそい身体で、馬に乗ったことなんてなさそうだぞコイツ。この乗せ方の方が俺が持ちやすくて安定してた 」


「 ハイハイ…。いいよ、俺が降ろすから。このままじゃずり落ちて、頭でも打って勝手に死んじゃいそうだ………よっ、と 」


「ぐぇ…っ、」


このまま天日干しにされて干物になって、せめて旨みでも引き出されて死にたいな、とか思ってたのに。腕と胴体を一纏めにして巻かれた縄を掴まれ、馬の背中からずり落とされた。

腰が抜けていて足で着地するのなんて絶対に無理。地面に叩きつけられる気満々でいたら、直前でグッと力強く持ち上げられるように支えられ、足の裏が地面にくっ付いた。力が入らずヘニャヘニャの足腰だがなんとか立てている。横に立つその人を見上げれば、俺を運ばなかった方の男だった。


さっきは見る余裕もなかった、その人の金色の髪が日の光を浴びて縁取るようにキラキラしていて綺麗だと思った。服とテレビは届けてくれなかったけど、やっぱり神様の使いなのではと思うくらいに綺麗な顔をしていた。そしてそれと同時にやっぱり、ここが日本でもなければ自分が知る国のどこでもないのだと、見上げたその人物の背後にそびえる建造物に確信したのだった。


「ぶぇ、でっか… 城じゃん、王様とか住んでそう…いや、王様が住んでるから城なのか……」


「 ウーン…喋ってるところ悪いんだけど、こっちも君が何言ってるのか分からないんだよね。まだこの縄も解く事は出来ないけど、良ければそのまま抵抗しないでいてもらえるとこっちも手荒な事をしてないで済むから助かるよ。いいね? 」


「? あ、はい、? えっと、? よく分かんないんですけど、そんな感じで、スミマセン……」


呆然と城を眺めていたら、金髪の人が俺に話しかけてるようだったので適当に頷いた。この人はそれほど威圧的ではない。

外国人に話しかけられた時はとりあえずイエスと言っておけばいいと思って生きてきた。だが今回、相手が喋るのは英語ですらなく、イエスと言った所でそれもまた通じないだろう。日本語しか喋れない生粋の日本人らしくスミマセンで濁したが、きっとこれが伝わることもない。


「 頷いてるけど分かってんのか? そいつ…。ホント、変な人間を拾っちまったもんだな… 」


コテコテ首を傾げまくる、なよっちい俺の曖昧な態度が気に障ったのか。俺を運んだ方の人が呆れたような、可哀想なものを見るような目で俺を見下ろしながら口を開いた。赤みを帯びた髪の毛とその表情が威圧的な雰囲気で、うぐ、と顎を引いて様子を窺った。剣を向けてきた彼のことが既に軽くトラウマになってる。



……そうだ。この人たち、剣を持ってる。


現代で生きてて剣を向けられることなんてあるか? 今どき移動手段が馬なのもあり得ない。じゃあここは何処なんだ。天国かと思ったのに、これじゃ死んでもなお悪夢だ。実は地獄だったとか。


この人たちはこの城で働く警備員的な人? 兵士? あ、騎士? 困ったな、洋画、あんまり観ないんだよな…。


それっぽい知識を捻り出そうにも俺の頭の中はすっからかんだった。彼らが着こなすカッチリとした制服のようなものを見ても、その職や身分を憶測ですら語れない知識のなさ。考えたって分からないから大人しく従うしかなかった。抵抗して痛い思いをするのは嫌だ。惜しむ命も、もう無いはずなのにおかしいな。

死んだら成仏とかするものじゃないの? 新しい世界に飛ばされるとか、そんなの聞いてない……







「ふむ、成る程…これはまた思いも寄らない者を連れて帰ってきたものだな…。アヴェルにキーツ、この青年と言葉が通じないというのは本当なんだな?」


「はい。話し掛けてもまともな返答がなく、その青年が話す言語も聞いた事のないものでした。少なくとも私は。習った事も、遠征先の国で耳にした事もない」


「キーツに同じです。団長も話し掛けてみたらどうです? きっと聞いたら納得しますよ」


「うむ……。青年よ、何か話してみてくれないか。敷地に繋がるあの高原にいたと聞いた。一人で、馬も連れずに。素性がわからない以上、その拘束を解いて野放しにするわけにもいかないんだ」


「 ………。 」


うわ、目の前のイカついおじさんがなんか言ってる…。


何と言ったのだろう。不用意に喋ったら命は無いと思え、とかだろうか。さっきは適当に頷いて睨まれてしまった。ここは大人しくしておこうと、俺は床に膝をつけたまま黙っていた。


歩くために足の拘束だけを解かれて、両脇を赤髪と金髪に固められた状態で城の中に入った。外観からイメージした通りの豪華な城内に少しだけ心浮立ったが、詰められた部屋は簡素な狭い部屋。ちょっと厳つめな会社の休憩室って感じだった。

もしかしたら実際にこの人たちの休憩室なのかもしれない。武器なのか何なのか、その用途はハッキリとは分からないがちょっと物騒な趣のある金物が視界の端に見え隠れしていた。そんな室内に、木製のテーブルと椅子を押し退け俺が跪くスペースが作られたのだった。


今、目の前にいるガタイのいいおじさんが膝を折って俺に目線を合わせてる。掻き上げたダークブラウンの髪の毛がライオンのたてがみみたいで、そんな大男に見つめられた俺の眉尻は下がり、きっと綺麗な八の字になっている。


金髪と赤髪の上司かな…。この人に逆らったら俺なんて瞬殺だ。ワンパンで地面に沈む自信がある。


「ほら、話してみろって言ったってそもそも通じないんですよ。これじゃあ尋問も出来ない。どうしますか、地下に置いといて様子見ですかね」


「ウーン…だがなぁ、何か罪を犯したわけでも無いのに、この様にまだ幼気を残した青年を地下に押し込むのも気が引ける…。ただの迷子かもしれんぞ。見ろ、天敵に追い込まれた野ウサギのような顔をしている」


「騎士団長がそんな甘くってどうするんですか。何があってからじゃ遅いですよ。油断させるのを狙ってる可能性だって捨て切れはしないんですから」


「まぁそうだな…それ以外に彼を置いておける場所もない…。仕方ない、アヴェルの言う通り地下へ。本人から事情が聞けない以上あとはこちらで調査するしかないだろう。だが拘束ではなく保護だ。危害を加えれば何を、どの国を敵に回すか分からないからな。丁重にもてなす必要はないが慎重に扱えと、下にいる奴らにも伝えておいてくれ」


赤髪と金髪とライオンのおじさんと、それ以外にも彼らと同じ服装の人間が室内には何人かいた。見渡せないので分からないが前にも横にも背後にもいる。少し離れた所に立っているが、確実に俺を包囲しているようだった。


……ああ、やばい。処刑されるのかな、俺。


もう死んでるからいいのだけれど、死んでもなお痛い思いをするのは嫌だった。さっき噛んだ舌だってまだジクジクと痛んでる。


よく分かんない世界じゃなくて、今度はちゃんと空の向こうに飛ばしてほしいなぁ…。



指示を受けたのか赤髪と金髪が俺の両サイドを再び固め、腕を掴まれ立たされた。またどこかへ移動するのか。どこへ行くのだろうと疑問すら湧かなかった。受け答えもできないような人間が連れて行かれる先なんて、きっと酷い所に決まってる。

全てを諦め大人しく従う俺を真ん中に、三人が横並びとなって部屋の扉方向に足を向けた。しかしそこから、ある人物が姿を現した事で場が騒然とする。



「──地下へは行かなくて良い。場所を移すのなら丁度良い。私に続いて、その者も共に連れて来てくれ」





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