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「ぃ、ったあ……〜っ、」


手が緩められた後もジンジンと後を引く痛み。力強すぎ。手が砕けました、なんて大袈裟に言うおれの手を篠塚先輩はぎゅっぎゅっと握って確かめてくるからまた強く握られそうですごく怖い。


「ぅ、」


「びびりすぎ」


手砕けてないしって笑う先輩は片方だけ手を離すとおれの頬に手をあてた。親指で目尻をぐいっと擦られ、さっきのが痛すぎて目尻にちょっとだけ溜まっていた涙が拭われる。


「……あの、」


「ん?」


顔を背けようにも解放された手で顔を隠そうにも、頬にそえられた先輩の手が邪魔をしてくるからできなくて。


「も、いいですか、おれちゃんと言ったし…」


さすがにこの距離でずっといるのは、つらいと言うか恥ずかしいと言うかいたたまれないと言うか。こんな近くで見てもおれの目に映る篠塚先輩の顔はイケメンに変わりないんだけど、それと同時に先輩の目にもこの距離でおれの顔が映ってるわけで。

てか、こんな近くで見てもイケメンって何なんだ。ちょっとくらい非の打ち所作っとけよ。

と、おれがもういいかと言っても尚なかなか退いてくれようとしない先輩をおれはじとりと見上げる。

こうなったら探してやる、とまじまじと先輩の顔を見るも、


「くそ、イケメンか……」


「は、何だよ急に」


欠点という欠点が見つけられなくておれの口から出たのはため息とただの褒め言葉。ありがとう、なんて言う先輩はくつくつと笑っておれの頬を摘む。


「俺、そういうのもやめろって前に言ったと思うんだけどな」


「……あ。いや、でも今日だって集会のとき周りの人みんな言ってたし、先輩だって言われ慣れてるだろうし、」


別におれも言ったってよくないですか、って言うおれの声はどんどん小さくなっていく。ぶっちゃけ忘れてたやばいって思ってる。


「こんな面と向かって言ってくるやつなかなかいないけど」


「うっ。すみません……」


それはそうか。先輩のことかっこいいと言っていた人たちは多く目にしたけど、みんな直接本人に言ってるわけではなかったし。しかもおれなんかに言われても嬉しくないだろう。

前にも似たようなことした気がするし。注意されたのもそのときだっけ、と二重の意味で謝ったら突然腕をぐいっと引かれて起こされびっくりしつつもソファーに座る状態に戻る。


「どうせ忘れてたんだろ。星野、また言ってもすぐ忘れそうだし」


う…。まったくもってその通りですおれもそう思います…。


「でも先輩がおれにだけ意地悪なら、おれだって先輩にだけですよ。そんなこと言うの」


だからいいだろうとは言わないけど。

思わず見てぽろっとこぼしちゃうようなイケメンなんて先輩以外にまだ見たことがないから。他の人に言ってしまうことを懸念しているなら、それはないから大丈夫だとちょっと胸を張って言ってやった。


「何威張ってんだよ」


「ぐえっ」


隣に座る先輩はおれの首に腕を回すとぐっとおれを引き寄せる。締められている首が苦しくて、おれの後ろから首に回されている先輩の腕をべしべしと叩いたら少しだけ緩めてくれた。

まあいいか、なんてため息をつきながらおれの背後からテーブルに手を伸ばした先輩は、さっき一度取り出すも吸わせてくれなかった煙草を手に取る。首に腕を回されたままのおれもつられて前へ傾いたが、先輩の腕が支えてくれた。


「あ、おれあっち行きますよ」


「良いよここで」


唇に押し付けられた煙草に窓の方へ移動しようと立ち上がろうとするおれを、首元にあった先輩の腕が今度はおれのお腹辺りを抱いて止めた。

ええ…。と思いつつもそれを咥えて火をつけたが、やっぱりさすがに近いだろう。立ちのぼる煙の行き先ばかりが気になってしまって吸いにくい。

いくら先輩の方に吐かないようにしても部屋のど真ん中だし、こもって煙たくなるし意味なんてほぼなくて。窓くらいは開けてきた方が、とすぐ後ろの先輩を首をひねって見やればぱちっと目が合って小さく肩が跳ねた。


「どうだ、最近は」


くっついている先輩にはそのちょっとした動きさえもバレてしまっていて、ふっ、てちょっと笑われた。突然のアバウトな質問に一瞬固まったが、うまくやれてるかって先輩が重ねて訊いてきてすぐに気付く。


「最近は、んー……だいじょぶ、です」


前回先輩に慰めてもらってからのことを思い返しながら返答する。特に問題なくやれてる。まだそんな日も経ってないし。

何かあったっけ、と考えながら煙草に口をつける。


「……あ、今日話しました。クラスの人と」


煙を吸い込んだところで、昼休みに話しかけてくれた森口くんのことを思い出しておれは煙を吐き出した。

へえ、とだけ言って先輩はおれの後頭部を撫でる。なんだよ。


「でも大丈夫そうだな。良い奴だった?」


まあ、おれから話しかけたんじゃないし。森口くんの気遣いと、何よりコミュ力のおかげで会話の中でおれが気を揉んだりする必要なんて何もなかったから。普通に話せたし、先輩に指摘されたとおり今も普通でこの前みたいに疲れてない。いいやつだった。

と先輩の質問に頷く。


「お菓子くれたし」


そういえばと思い出して言ったら、頭を撫でる先輩の手がぴたりと止まる。


「……お前、お菓子やるって言われても知らない奴にはついて行くなよ」


「……いくつだと思ってるんですか」


行かねえよ。


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