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「相変わらずだなあ」
相変わらずって。そんなすぐムキムキになって篠塚先輩に勝てるようになるわけないじゃん。
「…ほっといてください」
小さな声でそう言ったら、機嫌直せよって言われた。
だから別に、さっきからふてくされてないし。
腕をどかされてしまったせいでよく見えるようになった篠塚先輩の顔。まっすぐおれのことを見下ろしてきて、顔を隠す手段をなくしたおれはそんな先輩と目を合わせつつ掴まれている両手首をぐりぐりと動かした。
「…何してんの?」
「掴みにくくなれと思って」
どうせおれの力で先輩の手を外せるとは思っていないから、せめて掴みにくくなればいいと思ってちょっとした嫌がらせのつもりで。
そんなおれの地味な抵抗を先輩は鼻で笑う。
「もっと他にあるだろ。抵抗の仕方」
ないし。おれにできると思って言ってんのか。
ぐーにした手でぼふぼふとソファーを叩く。手首を掴んでいる先輩の手には届かなくて叩いてやろうと思ったけど無理だった。
「てか別に。篠塚先輩だし」
「お前、そんなことばっか言ってるといざという時に痛い目見るぞ」
「いざという時ってなんすか……。前回も今回もおれのこと押し倒してんの先輩ですよ」
おれが先輩に抵抗する気がないことを伝えれば、また咎めるように先輩には言われてしまったが。
いざという時とか来ないし。おれがこういうことされる前提で話すのをいい加減先輩にはやめてほしい。
「前回と今回が俺でも、次は分からないだろ」
「つぎも先輩でしょ」
他にいないから、こんなことしてくるやつ。
心配してくれてるんだろうけど先輩が言うようなことなんて絶対ないし。心配性かよってちょっとおかしくて、次があるとすればそれもまた先輩だろうとおれは笑いながら言い返した。
はあ、って呆れた様子の先輩。
「……なら、いざという時も俺だな」
「え、」
手首を掴んでいた手が外されたかと思えば、先輩の指がおれのぐーに握った手のすき間から抉じ開けるようにして入ってきて。
開かれた指は先輩の指に絡められそのままぎゅっと両手とも握られてしまった。
「え、ちょっ……」
「星野、いつも自分のこと色って言ってんの?」
「ぅ、っえ?いや、言ってな……」
ぎゅっと握られた手は重ねられた先輩の手によってソファーに押し付けられている。
さっきと体勢的にはあんまり変わっていない。でも唯一動かせた手首すら動かせなくなってしまって、なによりこれは少し恥ずかしい。
「あの、せんぱい、手……」
「じゃあなんでさっきは言っちゃったんだよ」
「ぅ、間違えたんです…たまに言うだけで、ほんといつもは言ってないです……」
おれの戸惑いもよそに先輩はあんまり掘り下げてほしくない話題をふってくる。
もう忘れてほしいんですけど、それ。
手を離してほしくて腕を下に引いてみるがぎゅうっと余計に強く握られてしまって、うっ、とおれは指をこわばらせた。
「っ、……何笑ってんすか」
おれの様子を見て声をたてずに笑ってる先輩をおれは下から睨みつけ、そんな先輩の手をぎゅううっと力いっぱい握り返す。
「ふは、痛い痛い」
くそ。笑ってんなよ。
おれがどんなに両手に思い切り力を込めても、目の前の先輩の余裕そうな顔は変わらないからむかつく。
「色くん何もかも弱すぎ」
「星野デス」
…すんごいむかつく。
痛がらないで笑ってるし、色くんとか言って馬鹿にしてくるし。握力だってちゃんと測れば平均値くらいあるし。…ちょっと下回ってた気もするけど。
「ん゛〜……」
ずっと手に力を入れているのも疲れてきて、握り返すのはやめて指先で爪を立てるように先輩の手の甲をつつく。
「何だよ。」
「………きょう集会で、先輩と話したいって他のクラスの人が話してましたよ」
「ふーん」
ふーんて。
「…ぜったい話さない方がいいですよね。先輩意地悪だし」
「星野にだけだよ」
なにそれ。
「うれしくな……」
って言ったらミシミシと音がしそうなくらい強く両手を握り締められた。
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