23
***
昼休み。食堂と購買には腹をすかせた男子高校生が一気に押し寄せる。校舎の食堂には始めて行ったとき以来行っていない。あの日以降買って教室で食べるよ、と言ったおれに合わせてくれているのか直江と陽介もそれは同じ。
直江と陽介は昼休みになった瞬間ジャンケンをして負けた方がダッシュで購買に2人分のご飯を買いに行くんだけど、負けて走ることになるのは嫌だからおれがそれに混ざることはなかった。
だから午前の授業の合間に先に食べるもの買っておくようにしてるんだけど、2人の分は買わないでいいと言われてる。結構楽しんでやっているらしい。
むしろジャンケンしてないおれの分もついでだし買ってくるけど、と言ってくれたがそれはなんかおれずるいじゃんって思って断ってある。
今日は直江が負け。たぶんもうすぐ帰ってくる。
「………。」
陽介とふたり、直江の帰りを待ってるおれは困っていた。おれの前の席の椅子をこちらに向けて座った陽介に、さっきからずっと見つめられているせい。
「……な、なに」
はやく直江戻ってこないかな、とか普段なら思わないけど今はあのやかましさが欲しいかもしれない。だけどなかなか帰って来なくて耐えきれずおれは逸らしていた目をちらりと陽介に向け声をかけた。
「星野さ、いつも放課後なにしてんの?」
「んぇ?」
おれが陽介になにって聞いたのに質問で返された。しかもなんか唐突な。
「なにって…別になにもしてないよ。ふたりとも部活だしおれ他に話す人いないし」
部屋に帰ってぐだぐたしてる。嶋が帰ってきてからたまにくだらない言い合いすることもあるけど。そう考えるとくそつまんない放課後だな、と我ながら思う。
「ふーん…。じゃあこの前はただの俺の気のせいだったんだ」
「このまえ、…」
そわそわしてるおれに、何かあるのかと陽介に尋ねられたことを思い出す。篠塚先輩と会ったときだ。
ふたりの他に放課後一緒に過ごすなんて友人はさっき言った通りいない。だからいつも放課後は本当に何もしてないんだけど、陽介の言うこの前はそんないつもの放課後とはちょっと違った日だった。
陽介の質問に、う、うん。と少し吃ってしまったのを誤魔化すように深く頷く。
「さっき連絡とってたやつは?」
おい見てたのかよ。
「…チョットみないでよ」
「見えちゃったんですぅー」
四時間目が終わって昼休みになってすぐ、ふたりが購買ジャンケンをしてる間に篠塚先輩に連絡した。
今回はちゃんと授業中じゃない。先輩からもすぐに返信がきて、確認しようと思ったところでジャンケンに勝った陽介がおれのとこに来たから画面を閉じたんだけどどうやらそれを見られていたらしい。
「星野が俺ら以外と連絡とることあるんだと思って。」
珍しいから気になったらしい。たぶんそれ見て陽介もこの前のことを思い出したんだろう。
「…たしかに」
自分でも納得して言ったら、たしかにってと陽介に笑われた。
「陽介と直江しか友だちいないもんおれ」
「じゃあ誰?他のクラスのやつとか?」
「んー…や、せんぱい」
部活にも入っていないおれが上級生とどういう繋がりがあるのか、突っ込まれるかなと躊躇ったが正直に言ってみる。
おれにだってちょっと話をする先輩くらいいたっていいだろう。てきとーに同学年とか言ったら誰誰会わせて会いに行こうってなりそうだし。
そう言ったおれに、へえ、と少し驚いたような陽介が続けて何か言うよりも先に、直江がどたどたとおれたちの元へ帰ってきた。
「あ、直江。おかえり」
「ただいまぁ。陽介コレでよかった?」
「おー、さんきゅ」
机の上にどさっとふたつのお弁当と、たぶんふたりのことだから追加のおかずが入っているであろうビニール袋を置いた直江は、席に座ると陽介にお弁当を手渡した。
ガサガサと買ってきたものを袋から取り出す直江の手元を見るとお弁当じゃないパックもあって。
あ、やっぱり唐揚げ追加で買ってきてる。
よく食うよなあ、と感心しつつ話を逸らせたことに一安心しておれも事前に買ってあって机の横に掛けていた袋を机の上に乗せた。
「星野には〜、これ!」
「え?」
「今日まだ残ってたから買ってきた!あげる〜」
いただきますと食べ始めようと思ったら、横から何かを乗せた直江の手が伸びてきた。
シュークリームだ。
昼に来るメーカーが直接購買前で売ってるいいトコのやつ。だから昼前に購買に行くおれには買えないんだけど、昼に行ったとしても人気ですぐ売り切れるからあんまり買えないらしい。
今日はまだあったから買いはしたけど自分と陽介はあんまり甘いもの食べないから星野にあげようと思って、と直江が言う。いくらだった?って聞いたらお金いらないって。
「え、なおなおすき。」
まるまる一個シュークリームくれるとかまじか。なんていいやつ。おれだったら一口あげるだけでもしぶる。
「こら星野。こんなやつに好きとか言うな」
「え、ごめん」
普通にありがとうって言えって陽介に怒られて謝った。
このくらい友だち同士でも軽いノリで言ったりするじゃん。と思うが、ここだと逆に軽いノリで済まなくなるかもしれないんだよな。
お前そういうとこ気を付けろ、と篠塚先輩みたいなことを言う陽介に苦笑いで頷いた。
言われた方の直江はというと、俺にはまいちゃんがいるから!とか言ってるし別にそんな気にしないでいいと思うんだけど…。直江はこんなやつとか言われてたしちょっと気にしてもいいと思うよ。
陽介曰くおれはぼけっとしていて心配になるという。なんか失礼だよな、と思うが心配してくれているのは単純にうれしいとも思う。
ふたりとはおれが篠塚先輩に聞いたような類いの話をすることはなくて、するのはいつも他愛もない話ばかり。たまに直江が嶋のこと言うくらい。それも陽介にツッこまれ待ちみたいなとこあるけど。
陽介にはこうして心配されるし、中学からいるふたりは明け透けにそういう話はしなくてもやっぱり慣れてるというかきっとそういうことがあるのが普通なんだなって感じる。
3人でしょうもない話をしながらご飯食べて、おれだけ直江に貰ったシュークリームを頬張った。
おれのこと気に掛けてくれる直江と陽介のやさしさと口の中いっぱいのあまいクリームに、おれ今とっても心穏やか。てかこのシュークリームうま。
購買でも普通に甘いもの色々売ってるからたまに買って食べることあるけど、それらとは違ってやっぱりこれは人気ですぐ売り切れるというのも頷けた。
ぱくぱく食べ進めるおれの様子を、甘いものはあまり食べないというふたりは眺めてた。
食後には甘いもの食べたくなる派だ。ふたりはご飯でお腹いっぱいにしたいって。いやでもお腹いっぱいでも甘いものは別腹だと言ったら理解してもらえなかった。
昼休みも終わり、チャイムが鳴って始まった五時間目。
穏やかな古典の先生の声に、食後の眠気がおれを襲う。うとうとしながらそういえば先輩から返信きてた、と思い出してメッセージを確認した。
『今日は風紀行くから終わったら連絡するよ。
遅くなるけど待てるか?』
放課後あいてますかって聞いていたんだった。
待てるかって。お留守番する子どもじゃないんだから。
と思いつつ、じゃあ放課後は先輩から連絡くるまで寝とこ、と眠気のピークを迎えた頭で考えた。頑張ってノートをとるけど、今は寝ることしか頭にない。
*
「……ぅわ」
五時間目終了のチャイムではっと目を覚ましてノートを見たら、ミミズが這ったような文字でほぼ読めなかった。これじゃミミズが這ったような、というよりただのミミズが這った跡。逆にこんな状態でもノートとろうと思ったおれえらい。
「あ、返信しないと」
待てるか?ってきてたから、待ってますって送っといた。
あーねむい。早く帰って寝たい。寝て起きたら煙草が吸える。
あと一時間だ、と時間割見れば六時間目は苦手な数学で。まぶたがぐっと重たくなった。
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