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「悪いな遅くなって」


「…あい」


「ふっ、寝てた?」


目がしぱしぱする。たぶん髪の毛もぼさぼさ。寝起きですぐここまで来たせいか少し頭がガンガンしてたんだけど、先輩に髪の毛をとかすように撫でられて少しだけ和らいだ。


現在夜の7時。


放課後は部屋に戻ってすぐベッドに潜り込んで寝た。何時になるかはわかんないからアラームとかは掛けなかったけど、先輩から連絡きたら気付けるようにと枕元にスマホは置いて。夕方寝るときってなんかいつも眠り浅いし、まあ気付いて起きれるかなって。


先輩から連絡がきたのはついさっき、7時前。
委員会が終わったことと、待ち合わせ場所が知らされた。


『外からまわって寮の裏口来てくれるか』


寮の裏の方には煙草を吸いに行ったことがある。ただ裏口から寮に出入りしたことがないからおれがその時見たドアが先輩の言う裏口なのかはっきりしなかったけど、とりあえずスマホだけを持って外に出て裏にまわって来たところで篠塚先輩が立っていてすぐに落ち合えた。


もう日も暮れていて裏口の方だと灯りも置かれていないから、おれたちを照らすのは寮の窓からカーテン越しにもれてくる淡い光だけ。

こんな時間までやってるんだ、風紀の仕事。


「…たいへんですねふうきって」


寝起きではっきりしない喋り方に、起きてる?って笑われた。起きてるんだけどさ。口がついてこないだけ。


「部活やってるやつらもこんなもんだろ。そんなに大変じゃないよ」


さっきから先輩の手は後頭部を中心におれの髪を撫でつけている。

たぶん寝癖ついてたんだろうな。もう夜だし別にいいのにと思いつつも、頭を撫でられるのが心地よくておとなしく直してもらうことにする。


「…ここにしたんですか?」


前回、篠塚先輩が場所は考えておくって言っていたからどこにするんだろうと思っていた。

ここにはおれも吸いに来たことあるけど、裏口と言えどもここは寮だから人が来そうでそのときはそわそわして落ち着いて一服とはいかなかった。窓もあるし見下ろされたら見つかってしまう。ここだと危ないと思うんだけど…と思って聞いてみた。


「いや、中入るよ」


「え、なか?」


「こっち」


おれの頭にあった手は撫でることをやめると、するりと下におりておれの腕を掴んだ。静かになと言われたから、どこに行くんですかとか聞きたい気持ちを抑えて先輩のあとについて行く。

やはり裏口とはおれも前見たドアであっていたようだ。先輩は言った通りそのドアの前まで来るとドアノブに手を掛けて中に入った。


え、てか裏口から入っていいの?


おれの心配をよそに薄暗い中入ってすぐの階段を上がっていく。こっちはこうなってんだ。この階段昇んないであのまま真っ直ぐ行ったらエレベーターホールに繋がってるのかな、と頭の中でいつもの空間とここをくるくると立体的に回転させて繋げてみようとするがうまく繋がらない。

地図とかも苦手なんだよね。どっから見てんのかわからなくなる。


考えるのを諦めて黙々と階段を昇ることにして結構上がってきたと思うんだけど、今何階だろう。疲れて足が上がりにくくなってきた。四階?五階?いや、もっと上?


「うぅ……」


「ほら頑張れ」


疲れた、とうなっていたらぐいっと引き寄せるように腕をひっぱられた。


「このくらい昇れるようにならないと」


おれの部屋3階だし、エレベーターあるし…。こんな階段のぼることないからいいんだ、と先輩の言うことを気に留めずに腕ごとおれをひっぱってくれる先輩の手に頼りまくりながらのぼっていく。たぶんめっちゃ重いと思う。


ある階に着いて扉の前で止まった。

扉を開けると、薄暗かった空間に慣れた目が眩しさにくらんだ。明るい。
しょぼしょぼと慣れてきた目で見ればドアが並んでいていつもの寮のフロアっぽいがなんか違うような気もする。


んーなんだろ。…あ、ドアが少ない?もっとあったような。

といつもの自分のフロアと比べてみて間違い探しをしていると、そんな点々と並ぶ中のあるひとつのドアまで連れていかれて篠塚先輩がカードキーを通した。


あ、ここ入るんだ。とかぼんやり考えてたら、開いたドアに軽く投げ込まれるようにして中に入れられた。


「ぅお……っ!」


びっくりした!と、体勢を崩しつつ後から入ってきてドアを閉めた先輩を振り返る。


「っなにするんですか」


「いや、ごめんごめん。人が来そうだったから」


先輩は笑いながら言うけど、急にこういうことされるのがどれだけびっくりするかっていうのを分かっていないんだと思う。ジト、と睨むおれも尻目に先輩は靴を脱いで奥へと進んでいく。

ほらあれ絶対分かってないし…って、え。ていうか…


「ここ、俺の部屋」


「……へ?」


先に奥へ行ってしまって姿が見えなくなった先輩に慌てておれも靴を脱いで、お、おじゃまします…?と後を追った。


「あのせんぱい、部屋って…」


「ああ、好きに寛いで」


「あ、はい。…ってちがくて」


ここが篠塚先輩の部屋ってことはわかった。わかったけど、え、ここ?

と先輩の後を追って足を踏み入れた先はおれの部屋で言うと共有スペースにあたると思うんだけど、おれたちの部屋と違くてなんだか少し広い気がして、ん?と足を止めた。


「ここ座って」


「あ、はい。しつれいします」


自分の部屋と違うつくりに足を止めて室内を見渡していたら、中央に置かれたソファーに座った先輩が隣に来いと声を掛けてくれたから有り難く座らせてもらった。

おお、ふかふか。


「……ってちがうくて!」


「うわ、なに。」


聞きたいことがあるのにさっきから切り出せなくて思わず声をあげたら、篠塚先輩に落ち着けよと笑われた。

なにじゃなくて。おれは今なんで篠塚先輩の部屋でとてもふかふかなソファーに先輩と並んで座ってるんだ。ついでに言うとなんでおれたちの部屋のソファーよりもこのソファーはふかふかなのか。おれもこれがい、…じゃなくて…おれ…


「…なんで先輩の部屋?」


「あー考えてみたんだけどさ、他に良い所って言っても思い当たらなかったんだよ。人なんてどこも来る時は来るだろうし」


「それはそうですけど、」


「今日みたいに俺が風紀で遅くなることもあるだろう。夜に外に出させるのは避けたいし、煙草だって俺の部屋に置いてある訳だ。」


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