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篠塚先輩からの返信は早かった。花火の写真を褒めつつ、『なるほど』と言う先輩は何かに納得したらしかった。吸わなかったと念のために伝えれば、『吸わなかったのか?』とびっくりされ、『仲間外れにされなかったか?』なんて父親みたいなことを言うから笑ってしまった。


けれどあの時、正直にもう煙草は吸わないとみんなの前で言えなかったのは、おれの中にもそんな不安があったからだった。煙草を吸っていたからあいつらと仲良くなったわけじゃないけど、おれだけ地元を離れて久しぶりに会った友人たちとの共通点なんて、もう煙草を吸うことくらいしか残っていないように思えて。たった数ヶ月なのに、なんだか変わってしまっていた。
たぶん、みんなじゃなくておれの方が。
思い返せば中学の頃だって楽しかったけど、今もそうかと問われればすぐには頷けないのが、久しぶりの友人たちに会ってみての感想だった。


みんな変わってなかった。相変わらずいいやつらだったけど。


「……よいしょっと、」


家にいるのも飽きてきたので、夏休みも半ばに差し掛かろうかという今日おれは寮に戻ってきた。あれやこれやとお土産を持たされて、行きよりも重たくなったリュックを下ろす。家にいる間大したことなんて何もしなかったけど、というかクーラー効いた部屋で寝てばっかりだったけど。なんだか疲れてしまった。リュックのせいか凝った肩をぐるりと回して、おれは共有スペースのソファーにどさっと座り込む。


同室の嶋は夏休みのほとんどを家で過ごすらしい。つまり今この部屋はおれひとりのもの。つまりは城。

夏休みはまだ半分以上ある。宿題だってまだまだやらなくたって余裕だ。リュックの中身はあとで片付けるとして、少し寝ようかな。あぁ、ソファーで寝てても怒られないなんて。


「夏休み、さいこうだあ…。」





食料を買いに寮や校内を歩いていても人が少ないなと感じてはいたが、そもそも8月半ばの今の時期に帰る生徒がほとんどらしい。篠塚先輩も今は帰省中だ。先日戻ってきたおれとすれ違うようにして寮を出たため、先輩とはこの夏休みまだ会っていない。

利用者がほとんどいなくなるこのお盆の週は、食堂も休みになるのだと張り紙を見て知った。売店はやっているので飢えることはないが、食堂と違って色々ある売店は誘惑が多くて困る。お弁当を買うつもりが、今日もまたお菓子とアイスを買ってしまった。しかしそんな不摂生なおれに文句を言ってくるルームメイトは今はいないのである。


ちょうどお昼時。窓から外を見ればぴかんぴかんに太陽が照りつけている。こんな日はアイスがなくちゃやってられないってもんだ。


溶ける前に、はやく帰って食べないと……。

足早に校舎を出て寮への道を歩く。直射日光だだ当たりの外はちょっとの距離でも歩いていてしんどい。昼休憩だろうか、活気あふれるサッカー部の集団がおれの前を通って、眩しくてショボショボな目が余計にショボショボになる。


「───おっ、星野!」


同じクラスにいてもおれみたいなやつは仲良くなれないタイプの集団だ…。なんて思っていれば突然声をかけられて、おれはビクッと肩を跳ねさせた。直江だった。陽介もいる。

汗だか浴びた水なのかはわからないが、毛先から滴らせている水滴が太陽の下でキラキラと輝いてる。


「………まぶしい…。」


「今日暑いもんなぁ!」


ニィッと笑う直江の笑顔に目をやられた。直江たちがおれに話しかけるから他の部員から視線が集まる。内心びびりながら、寮に戻ってきてからは会っていなかったふたりに久しぶりと挨拶をした。

運動部は仲良くなれないタイプだと思っていたけど、そういえばふたりもサッカー部だった。そっち側のニンゲンか…と周りの人たちごと線引きしてしまいそうになるが、例外があったっておかしなことじゃない。


「ふたりともおれと仲良くしてくれてありがとう…。」


「え、何?大丈夫か?暑さでやられた?」


それもちょっとあるけど、心配してくる陽介には首を振った。他の部員たちは先に校舎に入っていった。食用旺盛な運動部が集団で押し寄せた後の売店は全体的に品薄になるから、先に行っててよかったとホッとする。


「ふたりとも焼けたね。」


「まあなぁ。星野はあんま変わってないな。どっか出かけたりしなかったん?」


「いや、お祭り行きました。」


大したことでもないのに、意外だろうとドヤってみせるおれ。スゴイじゃん、なんて褒めてくるふたりも悪い。そういえば、ふたりにはまだ見せていなかった。おれはスマホを取り出して最新の写真を表示して突き出す。


「………こわっ」


「何これ、星野が絡まれてるところ?」


「ちがうよ。」


おれのスマホの画面を覗き込むようにして見たふたり。夏祭りの日に撮った治安の悪めな自撮り写真を見て少し引いた様子。少し大袈裟に怯えた素振りを見せた直江と、若干マジな心配も含みつつ冗談を言う陽介。

友だちだと訂正しつつも、たしかにそう見えなくもないのが面白くて逆に気に入っているこの写真。しばらくぶりに会った直江と陽介が予想通りの反応をしたのもまた面白くて、うだるような暑さの中でおれの気分は少しだけ浮上した。



部屋に着く頃には、売店で買ったアイスは袋に汗をかいて柔らかくなっていた。張り付いたパッケージを慌てて剥がして頬張ると、ちょっと外に出ただけで火照った体に染み入るように溶けて消えた。食べたことすらも忘れそうなくらいあっという間に、ほのかな甘さだけ口の中に残してなくなってしまう。────買いに行く手間の方が掛かるのに暑いとアイスを求めてしまうこの単純な体は、大して予定もない残りの夏休みの間、部屋と売店の往復をするだけの怠惰な生活を送った。



まだまだあると思っていたのに気付いたらなくなっているアイスみたいに、そんなこんなで夏休みも瞬く間に過ぎ去った。もう9月になるというのに外はまったく秋を感じさせない暑さで、久しぶりに着るワイシャツの襟がひどく鬱陶しく感じる。


「もう、いい加減シャキッとしなよ。ホントだらしないな。」


「う〜……。まだ夏休みがいい、学校が始まるなんて信じたくない……。」


「まともなご飯も食べないでアイスばっかり食べてるから、そんなナヨナヨになるんだよ。」


「あいす…? はぁ…。ねえ、アイスみたいにさ、絶対夏休みも一週間くらい溶かされたと思わない?」


「星野の脳みそもね。ポエマーにでもなるつもりなら勝手にすればって感じだけど、もう教室着くからちゃんとしてよね。ほっといたらそのまま起きなさそうだったから連れてきてあげたけど、こんなだらしないヤツ引っ張ってるとことかクラスの人に見られたくないから。」


すでにこうして廊下を歩いている時点で色んな人とすれ違ってるけど、クラスメイトでなければ見られてもそれはいいのだろうか。今日から新学期という現実を受け止められずだらだらと歩いてはいても、その足は嫌でも教室へと辿り着く。


「まいちゃん冷たい…。冷たいのはアイスだけでじゅうぶんなんですけど…。」


「………さっさと席ついてポエマー。」


教室に着いたタイミングでテキトーな台詞で会話をパスしたおれを、嶋は何か言いたげな目でジロリと見上げ、小さくそれだけを吐き捨てて教室へと入っていった。先を行く嶋の背中を目で追って、そのまま約一ヶ月ぶりの教室を見渡す。懐かしくも何ともない。この夏休みがいかにあっという間で、そしてそれが終わりであることを改めておれに実感させた。

久しぶりのクラスメイトとの再会にみんな朝とは思えないほどテンションが高い。「久しぶり夏休み何した!?」とか「あいつとあそこ行った!」とか「すげー焼けたな!」とか、この一ヶ月を語りたくて仕方ないといった様子で、夏休みとのお別れをおれほど嘆いているやつは居なさそう。

一瞬でも黙ったら今日一日じゃ語り尽くせない!ってくらいの勢いであちこちから聞こえる思い出話に耳を傾けながら、しぶしぶ教室に足を踏み入れたおれ。


そんな語ることあんの?一ヶ月とか、寝て起きて食べてたら過ぎてたくらいあっという間だったのに。おれなんて一分でまとめて話せるけど。


「ふあーぁ……。」


あくびだかため息だかよく分からない情けない声を漏らしながら、嶋に言われたとおり大人しく席に着くかと教室の真ん中へ進む。が、自分の席だと思っていた場所に堂々と人が座っていて足を止めた。


あれ?おれの席ここじゃなかったっけ……。


隣の席の人と楽しげに話しているから邪魔をするのも悪いし、もしかしたらおれの溶けた脳みその記憶違いかもしれない。いや、そうでしかない気がしてきた。


「………そっか、おれの席こっちか。」


「いやそこ俺の席な。」


「えっ」


「星野さん夏休みボケすか?」


記憶よりひとつ後ろの席に着いて納得したところで、すぐあとからやってきた三人組グループにつっこまれて笑われる。自分の席だと主張したやつがおれの真横に立ったまま、それ以外のふたりは周辺の席に座った。そうだ、席が近かった人たち。自分の席はあやふやでも、さすがにその顔ぶれは覚えている。


「はよ、星野の席はそっち。一個前な。」


「あ、おはよ…。やっぱそうだよね、おれがボケてんのかと思った」


やっぱりおれの記憶はあっていたらしい。「ボケてはいただろ。」「おれの席こっちか、とか言って納得してたじゃん。」とつっこまれるが、聞こえないふりをして前を見る。

自分の席だと分ってもなお、なんだか声が掛けづらい。退いてもらうのが申し訳なくなるくらい前のふたり組が楽しげで、何というか、…………


「…………。」


「………まあ、まじで二人の世界だしな。」


そう、それだ。おれの記憶のあやふやさよりも、声が掛けづらい理由。


「星野みたいにボケてなくても普通に声は掛けにくいわな。」


「ただでさえ暑いのにやめてくれぇ〜」


「ばっか、お前聞こえんだろ。」


「隠してなさそうだし別にいいんじゃね?」


おれが退かないせいもあり、この席の主は横でしゃがんで声をひそめた。周りのやつらもそれを中心に身を寄せ合ってコソコソと会話する。話が読めない。これはおれが聞いていてもいい話なのだろうか。前をガン見するわけにもいかず横でしゃがんでいるやつのつむじを見つめていると、そいつはおれを見上げ手を伸ばしてきた。そしておれの身を屈ませるようにして引き寄せる。どうやら話に入れてくれるらしい。


「……星野も聞いた?前のふたり、夏休み中にくっついたって。」


「へ、くっついた……?」


「あれ、知らん?知ってて気遣ってんのかと思った。まあ知らないやつからしてもこれじゃすぐ気付くよなぁ。」


「でも本人たちが付き合ってること言ってたわけじゃないんだろ?俺も人づてに聞いたし。そうだと思って話しかけて違ったら気まずくね?」


くっついたとは、やはり付き合ったという認識であっていたらしい。予想外というか、思ってもいなかったワードに一瞬フリーズした。まさか夏休み明け一発目でカップル誕生の知らせを聞くことになるとは思っていなかったから、少しだけ面食らう。


「てか星野外部じゃん。男同士、クラスメイトがくっつくとか初なんじゃない?あんまビックリしてない感じだけど」


「え。ああ、いや、まあでも…自分の机が夏休み明けにカップルに奪われるとは思ってもみなかった、よ」


「星野、ちょっと席奪い返すついでに噂の真偽確かめてきてよ。ついでに告白はどっちからしたのかも聞いてきて。」


「すみません、今日からおれの席ここなので…。」


気の乗らない役回りを押し付けられそうになったから、べたりと机に張り付くように突っ伏して退く気がないことをアピールすると横でしゃがんでる席の主にガタガタと机ごと揺らされた。右頬にあたる机の表面がひんやりと冷たい。こんなに騒がしくしても、前のふたりは振り向きもしない。まさにふたりの世界。

夏休み、なんだかみんなめっちゃ謳歌してんじゃん。


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