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今日は地元の夏祭り。中学のときの友人たちが、こっちに帰ってきてるなら来いよと誘ってくれていた。夕方とも夜とも言えない微妙な時間、薄暗くなってきた頃に家を出たおれ。


「おーっす、星野、おひさぁ。」


「おーす…。」


待ち合わせ場所に近づくほど人が増えて、到着すれば人でごった返す中に見知った顔ぶれが揃っていた。人混みの中でもはっきりと聴こえるほど声を張り上げる元気いっぱいな彼らに対して、声をかけられたおれはと言えば、暑いわ人が多過ぎるわで既にもう疲労気味。


もうちょっといい待ち合わせ場所あっただろ…。祭り会場ど真ん中とか、人多すぎて辿り着けないかと思ったわ。


地元の公園を中心に、今日はここら一帯が夏祭りの会場となっていた。周辺の道路には屋台が並ぶ。この公園の入り口にある像が、外で遊ぶ約束をした子どもにとって地元じゃ定番の待ち合わせスポット。おれもよくここで待ち合わせをしていた。主に小学生の頃。中学でもまあ、たまに来てたけど。小さいうちはこういう所がわかりやすくてよかったんだと思う。


今じゃみんなスマホ持ってて連絡も取れるんだから、別のところでもよかっただろうに。しかもこんな人が多い日に。待ち合わせといえばココ!という概念は、ここら辺に住んでいるとなかなか変えられるものではないらしい。


「星野ひとりかよ、さみし〜」


「いや、今アナタたちに合流したとこなんですけど…。」


肌がベタつく暑さもあってか、ぎゃはぎゃはと意味わかんないことを言って笑う友人たちに対応してやる気力があまり湧いてこない。


「カノジョでも連れてこいよ〜」


「むりむり、コイツ男子校いっちゃったもん。」


「え〜かわいそぉ、」


「………ん?」


えっ…だれ…。


自然な流れでそばに居た知らない女子に同情されてびっくりした。横にいるこの人たちも待ち合わせだろうと気にも留めていなかったら、誰かのお連れ様だったらしい。高校に入ってできた彼女だと友人の中のひとりが言う。俺も連れてきた、とこれまた別の友。


ああそうなんだ。と初対面の人たちに軽く挨拶だけして、何となく、そういうのは連れてきていないと言うやつの側に着いた。こういうのはよくわかんないし。





規模は小さいけれど、一応打ち上げられる花火に備えて飯を買うことにした。分担して買おうと言い出すから、大丈夫か?と思っていたら案の定。みんなテキトー過ぎて合流できずにグループがバラけた。


「アイツら彼女と抜け出したかっただけじゃね?」


と一緒にいるやつらが話してる。

なるほど。そういうもんか、と思いながら、それはそれで助かるなと焼きそばを啜りながら黙って聞いていた。ただ、分担したたこ焼きが手に入らなかったことだけがひとつ心残りだ。


ひとりで買ってきちゃおうかなあ。最悪はぐれたとしても、みんなもう合流する気もないみたいだし。そのまま帰っても何も言われなそう。


でももうすぐ花火が始まりそうだ。見終わったら買いに行ってそのまま帰る方が効率いいか。と食べることとその後帰ることしか考えてないおれ。まあ夏祭りなんておれの中じゃ、夜ご飯の代わりに屋台の食べ物食べに来ているようなものだし。


「───おっ、始まった!」


スピーカーからピーヒョロと流れていた夏祭りっぽい音楽が止まって、少しの静寂の後、ドン!という大きな音と共に暗かった辺りが照らされた。そこからはひっきりなしに花火が打ち上がる。


食べ物を調達して、他のグループとも合流ができなさそうだと踏んだおれたちは、人混みから外れた公園の隅の方に隠れるようにして座り込んでいた。祭りのために用意された灯りもここまでは届かなくて結構暗いところ。花火が打ち上がる度に手元の焼きそばがパッと照らされる。その隙に具もほとんどないほぼ麺のそれを頬張って、もぐもぐしながらまた空を見上げた。

もっとでかいやつが見たいのに、間を繋ぐためっていう感じのパチパチぱらぱらとした小さめの花火が続く。


横にいる友人らを見れば、空に向かってスマホを構えていて写真やら動画を撮っていた。SNSにあげるらしい。地元のやつなら大体がこの祭りに来ているだろうし、この花火だって今見てるんじゃ…なんて思いはしたが、まあたぶんそれでもみんな同じ瞬間に撮ったものを共有し合うんだろうな。


おれも一応撮っとこ、と今更ながらスマホを取り出して空に向かって構えたおれ。


帰ったら絶対どうだった?って母さんとか兄ちゃんに訊かれるし。寮に戻ってからも、夏らしい写真が一枚もないんじゃ直江たちに心配されそうだ。


「…………うーん、」


だけど、ぱらぱらぱらと続く小振りな花火にいまいちシャッターチャンスがやってこない。数枚撮っておれは一旦腕を下ろした。

立て続けに弾けていた花火が途切れて辺りがまた暗闇に戻る。え、もう終わり?と思ったらひゅるるる、と夜空へ一発上っていく弾が見えた。



「───、ぁ。」


ぽい写真は撮れたしまあいいか、と考えていたおれの腕が反射的に上がる。


たぶんこれが一番大きい。まあるく広がった花火に、少し遅れてドン!と響いた音。それと同時にシャッターを切れば、画面の中の見事な花火はその一瞬を切り取って写真になって保存された。今日一番の花火を画面越しに見ることになってなんだか微妙な気分だけど、いい写真が撮れたのでまあ良しとする。


「もう終わりかよ、はえー」


「まあこんなもんっしょ。」


と友人たちが話す隣で、おれは画面の中に残ったラストの花火をじっと眺める。友人たちのようにSNSに載せるとかいう柄でもないから、せっかく撮れたいい写真も大した使い道がなくてなんだかもったいなく感じてしまう。


「ちょっと煙草吸うわ」


「あ、俺も〜。ライター貸して」


「お前いっつもじゃん。500円でーす!」


ケチくせー!と騒ぐ友人たちが煙草に火をつけて吸い始めると、狭い空間に密集しているおれたちの周りにはすぐに煙草の匂いが漂って充満した。

人がいないところに来たのは人混みがうざかったっていうのもあるけれど、こうしてみんなが煙草を吸うつもりだったからっていうのもあると思う。中学で煙草を始めた頃から人目を忍んで吸うしかなかったおれたちは、人目につかなそうな場所を見つけては集まってこそこそと煙に包まれていた。こういう場所を探すのがもはや癖というか、みんな特技になりつつあるかも。


隠れてんのにそんなに騒いだら気付かれるよ、と思いながらもめんどくさいので伝えはしない。別におれ吸わないからどうでもいいし。


「星野吸わねーの?」


「え、」


我関せず、とその間やることもなくて、スマホの写真フォルダをスクロールして見返していたらそう声をかけられてドキリとした。


そりゃ訊かれるか。今まで一緒に吸ってたんだから。


「あー…その、わすれちゃったんだ。」


「アー?いーよ、俺のあげるから。」


もう吸わないようにしている、とは正直に言えなくて嘘をついた。親切な友人は、ほら、と自分の持っている煙草を差し出してくれる。おれが吸っていたものとは違う銘柄。


「………メンソールはあんま好きじゃないや」


嘘をついた結果、さらなる嘘で誤魔化すしかなかった。

差し出された煙草のパッケージに書かれていたメンソールの文字を理由に断った。実際のところ、別にふつう。


「はぁ?メンソールの良さがわからないとかザンネンじゃん。」


せっかくの親切をわがままで返されてどうでもよくなったらしい。友人はそれ以上は勧めてこなくて、吸えなくて可哀想だとおれのことをからかいながらこれ見よがしに煙草をふかして見せつけてくる。周りの友人もそれに乗っかって、この場でひとりだけ吸っていないおれのことをお子様だとからかいながら煙を吐き出していた。


「ハイハイ、」

と言ってそれらを受け流しながらスマホをいじる。


さっき、花火の写真を眺めながら思い浮かんだ顔があった。最後に顔を見たのは終業式。その後、夏休みが始まればお互いに予定もあっていつ会えるかわからないから、と画面上でのやりとりがあった相手。おれはその画面を開いて、さっき撮った花火の写真を送ろうとチェックを入れた。


………あ、そうだ。



「ねえ、写真撮ろ。」


ふと思い立ってみんなに声をかけた。スマホの内カメラを起動して掲げれば、おれを中心に画面に収まろうと友人らが煙草片手に身を寄せる。


柄にもなく自撮りをしてみた。おれだけ吸ってはいないけど、周りにいる友人たちの煙草をアピールするようなポージングのおかげで、お世辞にも品が良いとは言えない写真が撮れた。満足である。

暗くて顔はよく見えないけれど、その表情がにこやかでないことはわかる。みんな、写真に写る時は笑顔ではなく厳つい顔をしたがる。キメ顔は顰めっ面という風潮は中学の頃からあって、おれも一緒になって当時はやったりしてた。でも大体がただのふてくされた不機嫌な顔にしかならなかったのを、今撮った写真を見ていて思い出した。少し懐かしい。


元の画面に戻ったおれはその写真にもチェックを入れる。見たことも置かれたこともない状況にびっくりするだろうか。いや引いて呆れそうだな。直江と陽介にも見せよう。


どん引きする彼らの顔が思い浮かんで、おれは思わずふふ、と笑みをこぼした。


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